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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

色の問題 (古平戸焼扇形蒲公英蝶文皿) 

あっという間に2月に逃げられ3月にも逃げられそうな今日この頃。

ブログの更新も滞っていますが、なんのことはない
写真を撮って、サイズを変えてアップロードしてブログを書くのが
面倒くさかったというだけです。
別のプロジェクトも始めたので、本当になんだか忙しいなぁ。( ノД`)

さて、今日は珍しい江戸期の平戸焼の皿を紹介しましょう。
こう思い立ったのには以下のような理由があります。

実は私はかの有名な野田敏雄先生の平戸焼関係の本を読んだことがありません。
是非手元にほしいのですが、いかんせん日本に住んでいないし、日本の骨董屋さんには
「どこででも手に入りますよ」と言われていたので、ついつい買いそびれていたわけでした。

しかし、ついに最近重い腰を上げ、東京に住む妹にでも頼むつもりで購入しようとすると
なんと!在庫がないっ!数少ない在庫はべらぼう高いっ!

なんでぇ~???

どうも、昨年人気骨董ブロガーさんが野田敏雄氏の本を購入したのを機に
そのお友達のコレクターさんたちが皆この本を購入したらしいのです。

あらら?平戸焼人気あるじゃん?
平戸焼の知名度が上がるのはコレクターとして嬉しい反面、
本が買えない苦境に立たされるのはつらい気もしますが・・・

さて、興味深いのはこの本を購入した古伊万里コレクターさんたちのブログでのコメントです。
このコレクターさんの中には古伊万里収集をしている人も多く、いわゆるミュージアムピースを
いくつも所蔵している人もいるわけですが、ブログを読むと実は平戸はあまりご存じではない様子。

ど~も、平戸とは伊万里港から運び出された肥前やきものの一つで
有田はもとより波佐見など「伊万里」と呼ばれるものの一つらしい、と理解しているようなのです。

そんな馬鹿な~!Σ(´Д`*)と、私などは思うのですが
まぁ九州の地理や歴史に明るくないとそういうこともあるのかも?

平戸焼が国内であまり知られない理由の一つには
生産量が有田などに比べて圧倒的に少ないことがあると思います。
それもそのはず、平戸を有田とひっくるめるのはそもそも間違いで、
平戸は御用窯ですので、むしろ鍋島藩窯のものと一緒に考えられるのが
正しいわけです。

そう考えると、平戸の良いものがあまり知られていないのは至極当然です。
御用窯であり、生産量が少ない上に、江戸時代には一部の
上流階級にしか手に入らなかったものですので、
今日骨董屋で探そうとしても、そう簡単に手に入るものではありません。
本物の江戸期の鍋島がそう簡単に手に入らないのと似ています。

余談ですが今日手に入る平戸焼(皿など)の多くは明治以降に作られたものが中心です。
ま、しょーがないですね。


さて、骨董市場に出回る江戸期の古平戸は少ないと書きましたが、
今回紹介する皿はどうやらその数少ないものの一つではないかと思います。
なにしろ、その白磁の白さが有田のものとは全然違います。
上質の有田焼という域を超えた白さなんです。

それがこちら。

dl1.jpg

写真では青みがかっていますが、実物は真っ白です。
有田焼の場合、通常はちょっと青みがかかっていますが
これは本当にまじりっけなしの白色です。
数あるコレクションでも、こんな色はこれ以外見たことがありません。

ああ~この白をちゃんと撮れるライカがほしい!!!・゚・(つД`)・゚・

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造形も、線のシャープな感じがわかりますでしょうか?
1680年頃の有田(柿右衛門系)や鍋島の皿には
こういった線がシャープなものがありますが、これは白磁の質感から
言って、有田や柿右衛門系とも一線を画します。


dl5.jpg

図柄は、蒲公英と蝶。
蝶は蝶でも、有田じゃないよ!o(`ω´ )o

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九陶発行の「将軍家献上の鍋島・平戸・唐津」などを見るとわかりますが
蒲公英文は、将軍家献上用にも作られた図柄でした。

ただ、献上平戸にある蒲公英文は、葉や花の描き方が
江戸中期とこの皿では異なります。
個人的には、この絵付けはどことなく
有田を思わせないでもありませんが、素地が有田とは異なると確信しているので、
やはり江戸後期ごろ作られた平戸ではないかと考えます。


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このお皿、本当に真っ白で気品があります。
平戸焼はこの気品があるところが身上ですが
これはまさに貴婦人!のような美しさ。

色などをごちゃごちゃ使わず、染付の端正な画と白磁の圧倒的な白さだけで
勝負します。日本的なミニマリズムの勝利です。


dl9.jpg


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小さな皿ですが、手抜きなし。

これが裏です。
端正な後ろ姿。

この皿の白磁の美しさを一番よく味わえるのは
この裏を見たときなんです。

江戸期の平戸焼ですので、当然裏銘はありません。

dl3.jpg

明治以降に作られた平戸焼も、有田などと比べるとやはり質の高さは
抜きんでているように思いますが(ものによりますけどね)、それらと比較しても
この皿は抜きんでた美しさだと思います。

無駄なことだと思いましたが、一応有田のものと比較しました。
下の写真は、1680年頃の渦福銘の皿です。(贋物じゃないよ)
個人的には、結構良いものだと思っています。

しかし、有田全盛期のものと比較しても、この平戸の皿の美しさは
圧倒的です。
こうやって見ると、平戸はやはり鍋島と比べられるべきものであることが
よくわかります。

ここで、骨董屋のおばちゃんの名言が・・・
「平戸は貴婦人。平戸に比べると有田は田舎娘が着飾っとるごたる」

おばちゃん、すごい!(;゜0゜)
深いぜ・・・

こういう良質の平戸焼は御用窯だったという栄光を存分に見せつけてくれると
思うのですが、なかなか簡単にはお目にかかれないのがつらいところですね。

とはいえ、こういうものがもっと世間に紹介されると、不勉強な骨董屋が
ちょっと上質の有田焼をみて、「これは平戸です」などと言うこともなくなると思いますけど・・・
時々、「乾」の銘があるのに平戸焼とか紹介しているのを見ると
九陶で柴コレなり銘款集なり買って、読んでくれ~!と思ってしまいますけどね。

( ´ー`)フゥー...やれやれだぜ・・


dl4.jpg

平戸焼という命題において一番大切なのは「白さ」の問題なのです

色の問題といえば・・・・

余談ですが、その昔バークレーで卒業式に出席するため
学生課に博士号用のフードを取りに行ったら、手違いで格下の博士号用のフードしかないと
言われました。(博士号にも実はいろいろある)

さすがにそれは・・・と思い、

「( ゚Д゚)ハァ??冗談じゃないですよ!」と怒ると、事務員曰く
「いいじゃない(←?おいっ!)博士は博士なんだから。
色が違うだけでしょ?誰も気にしないわよ」というので、思わずぶち切れて

「色が違うだけ~?(肌とかの)色の違いだけで、世界中にどんだけ紛争が起こっているのかわかってんのかっ?
色の違いはささいなことじゃな~い!それでもリベラルの総本山バークレーか!」
と怒ってしまいました。

その後、その足で指導教官のところへ行くと、
「あらら?私が予備を持ってるからそれを使っていいわよ」と
教授がどこぞの大学からもらった名誉博士号用のフードを貸してくれました。
卒業式に出た同期の友達に話すと、皆羨ましがって、
「結果オーライじゃん?そっちのほうが全然ラッキーだよ」と
言われましたが、あの時は本当に頭にきたなぁ・・・・・

バークレーよ、平戸に限らず色の問題は世界中どこでも深刻な問題なのよ・・・


dl10.jpg

江戸期と思われる平戸は、数あるコレクションの中でも
さすがにこれだけです。
でも一つでも手元にあると、他の磁器との違いがはっきり分かるので
勉強になります。

御用窯は偉大なり。(^∇^)


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Category: 平戸焼

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Papenberg Island へ行く! (長崎市高鉾島) 

先日、戦国時代のキリシタン大名である高山右近の
列福式が大阪でとり行われたそうです。

2017年は、なんだかキリシタンづいていますね(笑)
マーティン・スコセッシの「サイレンス」もやっと上映されましたし、
高山右近は福者になるし、この勢いで長崎・天草の教会群も
今年は世界遺産に登録してほしいものです。
近隣アジア諸国よ、水を差すんじゃねーぞ!

さて、日本での短い滞在中は毎度のことながらどこへ行くか
取捨選択を迫られますが、今回は相方念願(?)のPapenberg Islandへ
行ってきました。

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Papenberg Island というのは江戸時代のオランダ人などに呼ばれていた通称で、
正式には高鉾島と言います。

東シナ海から鶴の港と呼ばれる長崎港に入港するとき、左手にみえる島は、
17世紀にこの島で隠れキリシタンが殺害されたという逸話から、
伴天連(バテレン)の島(山)と呼ばれたわけです。

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東インド会社が出入りしていた頃の長崎の歴史を紐解くと
西洋の文献に必ず出てくる島、Papenberg Islandにぜひ貴重な一日を
費やしたいという相方。

平戸や生月と違って近いので、車で20分くらいで着くらしい。
なんでも神の島方面とか。
三菱重工の長崎本社があるところですな。
行ってやろうじゃないですか。

・・・というわけで、ドライブしてきました。

旭大橋を抜けて、三菱重工の香焼ドックをぬけ10分弱も走ると、
鄙びた漁村につきます。

ここがいわゆる神の島です。

そして有名な神の島の目の前にみえるのが
Papenberg Island!

なんとも美しい島です。

papen 1

江戸時代、長崎警護を任されていたのは平戸藩と鍋島藩でした。

フェートン号事件の後、長崎の脆弱な警備体制に危機感を募らせた
鍋島直正は、この神の島や高鉾島にいくつもの砲台を建設します。

つまり、高鉾島は長崎警護においては最前線だったわけですね。

高鉾島の近影。
papen 2

長崎港をはさんだ対岸(香焼・女神地区と長崎市内側の戸町)を結ぶ
女神大橋が見えます。

素晴らしい、冬の長崎。

papen 3

神の島と高鉾島の間には防波堤があり、
その右側に小さな断崖がありますが、なんと長崎らしくも
その頂上には大きなマリア像が東シナ海に向かって
立っています。

船出する人たちを見守ったり、長崎港へ帰る船を迎えているようです。

このような景色、カトリックのキリスト教的なのでしょうか?
私には、どうも中国の媽祖とマリア像が長崎の地で溶け合った
和華蘭文化の象徴のように思えます。

papen 4

迫力あるマリア像。
大きめサイズの写真を載せてみました。
この迫力、伝わるでしょうか??

IMG_1253.jpg

長崎のカトリックは、いわゆる大航海時代のイエズス会系キリスト教の特徴を
色濃く残していますので、聖母信仰が強いです。
このせいか、長崎市内で見かけるマリア像というのは、
いかにもやさしげな顔をしているのが多いので、このマリア像は
ちょっと違和感があります。

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マリア像のすぐ近くには、日本の港らしく恵比寿様の祠もあります。
和華蘭文化が、街のあちこちにある長崎ならではの景色です。

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マリア像のふもとから東シナ海を眺めます。

さて、せっかくここまで来たので、ついでというわけではありませんが
世界遺産登録予定である有名な神の島教会に行ってみました、

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この美しい白亜の教会は、なんとあの日本映画史上屈指の美貌を誇る(!)
上原謙が結婚式を挙げた場所でもあります。

ふ~む。

ま、個人的には池部良のほうが断然好みですが・・・
関係ないか・・・(´∀`*;)ゞ ハハハ

クリスマスのミサも終わり、年末を迎えていたためか
残念ながら教会の中に入ることはできませんでした。

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相方曰く、「イタリアみたいな風景だなぁ。地中海ってかんじ!」

そうか~?(°_°)

長崎のじげもんには見慣れた風景なんだけどね・・・

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ここにも殉教の歴史が・・

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神の島教会にもルルドのマリアがありました。
長崎の古い教会には、たいていルルドがあります。
やさしげなお顔です。

IMG_1267.jpg

階段のそばには、猫が何匹もウロウロして、遊んでほしそうにしてました。

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さて、高鉾島を見たので、女神大橋を渡って
長崎の南山手方面へ。

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女神大橋。
天気も良くて、この日は本当にドライブ日和。

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女神大橋。近影。
いつもは出島ワーフのあたりから見るので、
橋を渡るのは初めてです。

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女神大橋を渡ると、あっという間に戸町に着きました。
戸町というと、ここは長崎の隠れキリシタンに夜布教して回った
金鍔次兵衛が隠れていたという洞窟があるそうです。
彼もまた、2008年に列福しました。

この後はお約束のグラバー園、ブラブラ。

今回は、普段めったに行かない大浦天主堂へ。
国宝だからか、入場料がグラバー園と一緒なんですよねぇ。

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途中、信徒発見のレリーフが。

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大浦天主堂へ行ったら、必見なのはこのマリア像。
入場料を払わなくても遠目に見れますが、
ぜひここは入場料を払ってでも、このお顔を近くで見てほしいですね。

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遠藤周作の「女の一生」(第一部)での主人公キクと対話するマリア様は
この大浦天主堂のものです。

ご覧あれ!
聖母と呼ばれるにふさわしいと思います。
なんとも言えない表情です。

IMG_1280.jpg

癒されますなぁ~。

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この日は年末ということもあり、観光客はほとんどが
日本人でした。
のんびりとよい雰囲気で観光ができましたよ。

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この後、グラバー園内の自由亭でコーヒーとカステラをいただきました。
躊躇なくカステラを注文する相方、長崎人になりつつある・・??

よく晴れた冬の長崎観光、楽しかったです。

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Category: 旅行記

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輸出平戸卵殻手 (2) 

前回の卵殻手の続きです。
第一弾、拍手の数が多かったので
すっかり気をよくしています。

さて、輸出平戸卵殻手は、前回紹介した兜型蓋椀が主流のようですが、
実はこれ以外にも形が異なるものがあります。今回は兜型以外のものを
紹介したいと思います。

まずはこちら。

(6)色絵漢詩文チョコレートカップ

eggshell 13

縦長のカップは、チョコレートカップとしてオランダに多く
輸出されました。

eggshell 14

Prince of Porcelain にも掲載されているように、
同型のチョコレートカップでは、通常錦絵が多いのですが、こちらは
漢詩文というところがポイントです。
なぜか平戸の漢詩文のものは色絵、染付に拘わらず良い蹟のものが
多いようです。

思うに、絵師が異なるのではないかと思います。
錦絵のものは、おそらく有田の蔵春亭や田代門左衛門(信甫)のものに
絵付けをしていたグループのもので、こちらはそれ以外の絵付けグループが
あったのではと思いますが、このあたりはまだまだリサーチが必要です。

eggshell 16

漢詩文。
明治の平戸焼に多いそうですよ。

eggshell 15

余談ですが、チョコレートカップというのは
古伊万里のものが大航海時代(18世紀初頭)にVOCを通じて
ヨーロッパに出回りました。
同じような形ですが、古いものはこれに蓋がついていたようです。

中南米からもちこんだ薬として珍重されていたチョコレートが
ヨーロッパで流行ったわけですね。

そういえば、今年正月明けに湯布院へ行った時、金鱗湖の
キャラバンカフェへ行ったのですが、
注文したコーヒーにチョコレートシロップが入ったものが出てきました。
こういう飲み方がヨーロッパでも流行ったのでしょうね。

スタバのカフェモカとはエライ違いの良いお味でした。

色絵卵殻手、そろい踏み。同じ頃輸出されたものでしょう。

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(7)染付・秋草文 (蔵春亭・三保)

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こちらは、またまた有田の蔵春亭・三保経由の輸出卵殻手です。
上品な染付の絵付けですね。
やっぱり蔵春亭発注のものは、高級磁器の傾向があります。

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秋草の図柄は、御用窯の平戸藩が将軍家や公家用に作っていたものに
見られるようですが、鳥だけでなく有田の蝶が飛んでいるとことに
注文の細かさを感じます。(笑)

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裏銘。

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この手の卵殻手は、サイズも他のものよりもやや大きめです。
卵殻手と言えますが、兜型やチョコレートカップと比べると
やや厚手です。

光にかざすと、高台まわりに厚みがあるのがわかります。

素晴らしい一品です。

eggshell 2 09

最後になりましたが、こちらは城のついた珍しい図柄です。
あんまり珍しいので、欠けがあるにも拘わらず購入。

(8)染付・山水楼(城?)文チョコレートカップ

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こちらも、上述の桔梗文同様、やや厚手の出来です。

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見た目からも、通常の卵殻手よりもやや厚みがるのが
わかると思います。
絵付けもあまり良いとは言えませんが、興味をそそるモチーフです。

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前に海が見えるので、平戸城でしょうか。

eggshell 2 12

平戸製の輸出卵殻手の蓋椀およびチョコレートカップのコレクションは以上です。

(実はこれに加えて亀山銘のものもありますが、こちらはもうちょっと調べてから
そのうち紹介します。)

精巧な細工物と極薄の卵殻手は、網代陶石と天草陶石を用いた
平戸焼ならではのもので、まさに真骨頂と言えると思います。

卵殻手は戦前くらいから造られないようになっており、長いこと「幻の卵殻手」などと
呼ばれてきましたが、三川内の平戸藤祥が近年製造に成功し、TVでも
そのようすが放映されたそうです。


平戸焼が、昨今の流行に惑わされず正攻法で復活しようとするのは
長い目で見ると、正しい戦略だと思います。

がんばってほしいですね!

(おまけ)

明治初期、有田も薄手のデミタスを作りました。
有名なものは、深川栄左衛門銘のものでしょうか。
私は深川製が好きでいくつも持っているのですが、
有田の薄手デミタスは、通常は残念ながら卵殻手とは言えません。

・・・が、しかし!なのです・・・
最近手に入れたこのデミタスカップ。裏は深川銘(栄左衛門の頃)で
同じタイプ(形)のものが有田製であるのですが、このカップは
重量は軽め、平戸製卵殻手デミタスカップにかなり近い作りです。
気になるのは、その絵付け。
この絵付けも、輸出有田というよりは輸出平戸なんですよねぇ。

eggshell 3 1

19世紀中頃の長崎の出島で一体なにが起きていたのか
気になりますね。

eggshell 3 2

今日は、湯布院で買ってきたキャラバンのコーヒーを淹れて、
長崎カステラをいただきました。
残念ながら福砂屋ではなく、新大工の長崎屋のカステラ。
でもおいしかったですよ。

ごちそうさまでした。

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Category: 平戸焼

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輸出平戸卵殻手・一挙公開!(1) 

昨年末、平戸焼の里・三川内へ行ったことは先のブログでも
触れましたが、その際に平戸卵殻手の再現を成功させた藤祥さんに
復刻した卵殻手を見せてもらいました。
その作品たるや、本当に古い平戸の卵殻手のようで
大変感心しました。

お話によると、卵殻手を再現するのに
大変な苦労をされたそうですが、作品をみるとたしかに
平戸ならではの繊細さがあり、他の磁器の追随を許さない高品質のものでした。

さて、卵殻手というのは英語でegg-shell、つまり卵の殻のように薄い磁器のことを
言います。もとは当然中国が本場です。薄手の磁器は15世紀初期の明の時代に
皇帝に献上され、その後高級磁器として製造されたそうです。
コクトーの「呉須の秘密」ならぬ、「薄手磁器の秘密」とでもいいましょうか、
当然その製造法は外へ漏れないようになっていたわけでした。

その超薄手磁器の存在を、平戸のお殿様が知っていたのは当然のことでしょう。
なにしろ平戸は鄭成功以前からすでに中国人の町が存在するほど
中国とは文化的にも経済的にも密接に繋がった土地柄でした。
その松浦氏の命令で、御用窯であった平戸焼の職人がもてる知識と技術を
集結して見事作り上げたのが、平戸の卵殻手なわけです。

平戸製卵殻手は、文字通り卵の殻ほどの薄さであり、
「箸よりも軽い」と言われる所以は、磁器とは思えないほどの
重量の軽さによります。

私が初めて卵殻手の平戸焼を手に取ったのは、平戸井元資料館に
行った時でした。
その時の衝撃というのは大変なもので、「磁器だ」という
先入観を持つと、手に取った瞬間に大いに裏切られることになります。

もちろん、これ以前にも、〇〇紅茶専門店だの妙にカップにこだわる店などで
いわゆるエッグシェルのカップを使ったことはありましたが、それと同じだろうと
いわれると、反論せねばなりません。
また、平戸製卵殻手は明治有田が作るエッグシェルとも異なります。
どう違うかというと説明が難しいのですが、とにかくただ薄いというだけでなく、
感覚的に言うならばプラスチックで出来ているような、
それくらい軽いわけです。

素材の違いがあるのでしょう。

久しぶりに卵殻手を見たので、ちょっとインスパイアされてしまいました。
やっぱり平戸焼はすごいなぁ・・・・

・・というわけで、ついに私も重い腰を上げて、これまで収集した卵殻手(平戸製)を
プチプチから開けて、まとめて紹介したいと思います。

過去二度も引っ越したため、実はずっと箱の中に眠ったままでしたが、ついに3年ぶりの再会となりました。

お久しぶり!( ^ω^ )




eggshell 1

まずは、有名なものから・・・

(1)赤絵六歌仙 (銘:満宝山枝栄製)
eggshell 2

満宝山商舗は1871年創業。でも実際は1804年創業の平戸焼物産会社を引き継いだ
輸出貿易会社でした。

つまり江戸時代後期から行われていた平戸藩による
平戸焼の輸出は、王政復古以後はこの会社によって
継続したわけです。

eggshell 3

三川内製である兜型卵殻手。(蓋の形が兜に似ています)

カップとソーサー、そして蓋までついて
その総重量なんと89グラム!

軽い!

eggshell 4

絵付け。
手抜きなしです。

eggshell 5

光にかざすと、底の高台の部分以外のすべてが透き通るのが
わかりますね。


eggshell 11

お次は、同時代に作られたと思われる色絵の卵殻手です。
(2)色絵花鳥牡丹岩文。

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平戸焼は通常、染付中心で色絵はあまりありませんが
輸出用卵殻手はどうやら例外のようです。

ここに載せているもの以外にも輸出品の卵殻手カップは
色絵が圧倒的に多く、所蔵こそしていませんが
その中には錦絵(美人画・侍)なども数多くあります。

当時、平戸藩同様磁器の輸出を行っていた鍋島藩の蔵春亭(久富家)の
海外輸出用のものに影響されたのかもしれません。
いずれにしても、錦絵のついた磁器はイギリスやオランダで
よく売れたようです。くどいようですが、ヨーロッパを大いに沸かせた
ジャポニズムの先駆けに、有田焼と平戸焼が一役買ったと言ってよいと
思います。

eggshell 7

閑話休題。

この卵殻手の碗ですが、蓋だけ別銘になっています。
ミスマッチか?とも思ったのですが、所蔵している二客ともそうなので
三川内で作られて、別の場所で絵付けがされたのかもしれません。

カップに銘はありませんが、ソーサーと図柄がマッチしています。

eggshell 8

これもかなり軽いです。

カップ、ソーサー、蓋込みで総重量97グラム。

eggshell 10

平戸焼というと、その上品な染付には定評のあるところですが、
なぜか輸出用色絵は毒々しいまでの色彩を採用しています。

この場合私的には疑問がいくつかあります。
色絵は三川内でつけられたのでしょうか?
それとも別の場所でつけられたのでしょうか?
毒々しい色、と書きましたが、中国的な嗜好なんですよね。
このあたりはまだ調べているところです。

(3)染付漢詩山水文。(平戸・三川内)

これは過去にブログでも紹介しているので、詳しいことは
ここでどうぞ。

eggshell 9

上品な漢詩と山水文です。
後日改めて紹介しますが、亀山銘のものに
よく似たモチーフのもの(卵殻手)があります。

eggshell 12

(4)色絵山水家屋文。(蔵春亭・三保)

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お次は、有田の久富家・蔵春亭経由で輸出された平戸製卵殻手。
平戸製ながら、前述の色絵とは違う繊細で上品な絵付けです。

eggshell 18

鍋島藩である有田の蔵春亭が、平戸藩である三川内に卵殻手を注文し
絵付けをして輸出したことは、鑑札札が田代家に渡ったころから大問題となりました。
このスキャンダルが、後に他の有田の名窯(深川など)にも輸出の機会を与えることに
なるのですが、ここで特筆すべきことは、蔵春亭の銘のついた平戸製のものは
高級磁器が多いということです。

この蓋碗も例外ではありませんね。
色絵でありながら繊細で上品です。

まるでさっき窯から出てきたような美しさです。
eggshell 19

こちらはカップ・ソーサー・蓋込みで総重量100グラム。

eggshell 21

時代的には、この二つ同じころに作られたようです。
蔵春亭用はハイ・エンドですね。
1860-1870頃のものと思います。

eggshell 20

(5)染付・芙蓉手人物文。(平戸製・枝栄)

清王朝時代の輸出品を思わせる絵付けですね。
eggshell 2 01

アヘン戦争、太平天国の乱などで荒れに荒れていた中国では
輸出用磁器をつくるのもままならない時期がありました。

そこに空いた穴を埋めるかのように輸出市場にやってきたのが
有田焼と平戸焼(そして亀山焼)でした。

この時代の輸出品のモチーフ、おもしろいですね。
時には日本的なモチーフを売り込んだり、ある時は
中国製か?と思わせるようなモチーフのものをつくったりも
しています。

もとは17世紀の終わりに流行った芙蓉手の図柄から来ています。

eggshell 2 02

(1)と同時代の満宝山の輸出品ですが、光にかざすと(1)や(2)などと異なり
やや厚手に仕上がっています。

eggshell 2 03

この二つ、作られた時期はかなり近いのではないかと思います。

eggshell 2 04

ここまでは同系の兜型碗を紹介しました。
次回は、ちょっと趣の異なるものを紹介したいと思います。
卵殻手、いろんなタイプがあるんですよ。
こうご期待(?)  ヾ(・∀・)ノ

卵殻手(2)に続く・・・・

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Category: 平戸焼

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古平戸・笊の細工物~Philip Cardeiro Collection~ 

あけましておめでとうございます。
といっても、もう一月も半ばを過ぎました。
まぁ、旧正月を祝うということで(笑)

年末から正月にかけて、今年は日本に里帰りして
楽しく正月を過ごしました。
恒例の諏訪神社参り(遅ればせながら長男の七五三も!)、
湯布院で温泉旅行、そして焼き物の里、有田、三川内、波佐見を周り、
佐賀城本丸見物。
長崎市内ぶらぶらでは、寺町界隈と南山手、そしてなんと
今回人生初(!)の神の島方面へも足をのばしました。
このあたりのことは、また後程旅行記という形で
詳しく紹介したいと思います。
思いがけず楽しい出会いもあり、
新春早々、良い年になりそうな予感がします。

やっぱり九州は良いところです。(^∇^)


相変わらずのんびりペースですが
いろんな肥前磁器にまつわることを書いていこうと思います。
皆様、今年もよろしくお願いします。

さて、2017年最初に紹介するのは
なんと、あの平戸焼のコレクターである故Philip Cardeiro氏の
所蔵品であった一品です。

それがこちら。
平戸焼の細工物の笊です。
素晴らしすぎます!ヽ(´∀`)ノ

ご覧あれ~!
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なんと、ほぼ実物大の磁器の笊!
土を練って、実際に笊を編んで造ってあります。
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近影。
彫ったり細工したりせず、実際に繩状に土を成形し
編んであるのが分かりますか?

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Philip Cardeiroについて少し紹介しましょう。
同氏は、アメリカ人の実業家です。
マサチューセッツ州ボストンの生まれ。
イェール大学に進学し、その後実業家として
いろいろな事業を起こしました。
まぁ、ここまではニューイングランドの裕福な家庭に
育ったイェーリーのサクセスストーリー。
ありきたりといえばありきたりですな。

おもしろいのはここからで、氏は1970年に
事業の第一線を退いてからは、もともと興味があった
東アジア(日本と中国)の磁器収集に熱中します。
コレクションは1940年頃から始まり、主に1970年頃
集中的に集められたそうです。
その質の高さたるや、欧米では
Philip Cardeiro Collection として知られ、美術館等で展示されるほど。
特に中国磁器のコレクションは特筆すべきものがあります。

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その中国磁器コレクションほどではないとしても、
氏の平戸焼コレクションもまた、海外の日本磁器ファンにとっては
かなり有名でした。
そのコレクションのほとんどは数年前まで
カリフォルニアのモントレーにある東アジア美術館に
常設展示されていたようです。

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・・・がしかし(!)、氏が2014年に亡くなってから、
そのコレクション(の少なくとも一部)がロンドンなどのオークションに
かけられたわけです。

その一部であるこの平戸焼の笊が、巡り巡って
なんとわが家へやってきました!

(^∇^)ノ いらっしゃいませ。

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骨董コレクターが亡き後、コレクションがオークションに
かけられると、骨董ファンとしてはなんとも言えない気持ちに
なります。
良いものが自分のコレクションに加わり嬉しい反面、
骨董コレクションの末路を見るようでもあります・・・・

自分の子供が骨董を二束三文で売り飛ばさないように
今から日本の磁器の良さを教え込まねばなりませんなぁ・・・( ノД`)

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さて、Philip Cardeiroのコレクションとして所蔵され、
出版本にまで紹介されている平戸焼の笊ですが、
実はこの作品には二つ問題点があります。

まず、裏に銘があるにも拘わらず
誰の作なのかはっきりしないこと。

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裏銘に「光若」(こうじゃく)と彫ってあるのが
見えますか?

平戸焼はもともと平戸松浦家の藩窯であり、
将軍家に器を献上するための官窯だったので
江戸時代に作られたものの多くには銘がほとんど
ありません。

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幕末以降(といってもほとんどは明治以降)に作られた
平戸焼に作者銘がありますが、有田などに比べると
かなり少ないようです。

平戸焼の年代のわかりづらさというのは
記録が少ないこと、銘がはいっていないこと、
そして作品の完成度がどの時代にあっても高いことに
起因していると思います。

残念ながら平戸焼には
有田の柴田コレクションのような資料がありません。
ですから、絵付けを見て、「これは延宝様式だ」とか
「1750年頃の有田はパッとしないなぁ」とかいう
判断がしにくいわけです。

それに加えて、平戸焼の研究が鍋島や有田磁器に比べて
ほとんどされていないことも原因の一つだと思われます。

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実は今回、平戸焼の里、三川内へ行ってきまして、
そこにある平戸焼ギャラリー、さるのあしあとさんを訪ねました。
その時の様子はこちらにあります。
詳しくは後程旅行記で述べたいと思いますが、
この日はなんとギャラリーの猿彦さんの御紹介により
三川内焼の二大名窯である嘉久房窯と五光窯の窯元さんに
お話を伺うことができました。

残念ながら、お二方とも「光若」という銘はご存じなかったのですが、
五光窯の平戸藤祥さんに面白い話を聞くことができました。

氏曰く、「この笊は平戸焼ではないかも?」。w(゚o゚)w
あくまで、実物をみてみないとはっきりとは言えないと前置きされたのですが
どうも釉薬が平戸焼の使うものとは違うように見えるとのことでした。
お話によると、平戸焼はもともとは柞灰を使っており、光を当てると
表面が柑橘類のような風合いになるのだそうで、
これは中国磁器の嗜好の影響なのだそうです。しかし、昭和初期ごろから
より手軽に使える石灰釉を使うようになった為
表面がつるつるして、温かみがないのだそうです。
ただし、その違いは写真などではわからない、とのことです。

なるほど~!
こういうことは、やはり昔の磁器を研究している
作り手ならではの着眼点と言えます。
骨董というのは、知識は必要なれど
それだけではどうにもならないものですね~!
感心しきりでした。

次回帰国する時には、是非実物を見てもらいたいと思います。

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しかし、Philip Cardeiroはなぜこれを平戸だと思ったのでしょう?
海外の平戸コレクターの目からみると、これは
平戸以外にはありえないように思えます。

理由は二つ。
日本磁器だった場合、使用された陶石の特徴を
鑑みると、これだけ鋭利な造形のできるものは
網代陶石と天草陶石を混ぜた平戸以外には考えにくいことです。

九谷や有田・鍋島、薩摩、京都、そして関東地域にも細工物を作る窯は
ありますが、細工物の出来はその細工の細かさにあり
他の陶石を使用している場合、その精密度にかなり差がでるのは
明白です。九谷や有田、京都が唐子などを置物をつくっても
造形が鈍いのは使用陶石の質によるものでしょう。

磁器に限らず美術工芸品がどのように発展を遂げるかは
作り手が「何をつくりたいか」ではなく、むしろ手に入る材料を使い
「何をつくれるか」にかかっています。つまり、Affordability の問題なわけですね。
順番としては、「何が作れるか」があって、その次に「何をつくりたいか」と
なるわけです。

このような文化発生の理論に基づいて考えると
Affordability があってこそ、このように笊を実際に編んで磁器を
作るという、とんでもない遊び心が生まれたわけですね。
そしてその作品たるや、実際にモノを入れて置いておくと
「あれ?」と本物の笊に見まがうような完成度の高さなのです。

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こちらが、Philip Cardeiroの本と紹介されている磁器の笊です。
平戸焼のコレクションの一部として説明されています。

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注釈によると、Philip Cardeiroはこの作品がナンシー・シファーの
有名な「Japanese Porcelain」に万古焼(!)として紹介されていることに触れ、
「これは万古焼ではなく平戸焼の間違いである」と述べています。

でもね、これは私もCardeiro氏に全く同感です。
万古焼にも笊はあるけど、こんなに精巧なものは
無理なんだって・・・・

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骨董初心者向け本を書くシファー氏(しかも専門家とは言い難い)が
こんなことを書いていたのは、東アジア磁器コレクターであった
イェーリーのCardeiro氏には到底受け入れがたいことだったんでしょうね。

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こちらは、ナンシー・シファーの紹介したもの。
もとは、ニューポートにある骨董ディーラーのHouse of Black Ship に
あったものです。

ロードアイランドにあるニューポートは言わずと知れたペリー提督の出身地。
その昔はホワイトエスタブリッシュメントの牙城として知られ、
歴代アメリカ大統領の避暑地としても知られています。
大西洋を見下ろす丘には数多くのマンション(豪邸)が
並び、古きアメリカの全盛期はこれほどまでに
すごかったのか、と思い知らされます。

イェール大学から3時間ちょいのこの町にある骨董屋に
Cardeiro氏が夏になると足繫く通ったのは容易に想像がつきます。

ちなみに同骨董屋では、過去に古平戸・染付波千鳥文蓋物を購入しております。

普通じゃない平戸焼を扱う店だったのでしょうか・・?
時代はどちらも、19世紀半ばから後半にかけて。
笊については、氏の見立てではこの当時平戸焼が作っていた
実験的な作品の一つなのだそうです。

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さて最後になりましたが、もしこの笊が平戸でない場合の
(今のところ考えられる)唯一の可能性について触れておきましょう。

それは、中国にあって細工物を得意とする徳化窯です。
先に述べたAffordability と同じ理屈なのですが、
この窯も、その使用陶石の性質のせいか
精巧な細工物を得意とします。
この笊のようなクオリティを作れる窯は平戸以外だと
世界広しといえど、おそらく中国の徳化ぐらいではないでしょうか。
但し、徳化窯というのは所詮焼き物を作っていた窯に過ぎず、
文化レベルが高く教養のある松浦藩に仕えいた平戸焼とは
その作風や職人の遊び心や自由さが異なります。

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まぁ、とりあえず今のところはイェールのよしみということで
東アジア陶磁器コレクターであり、スペシャリストでもある
Cardeiro氏の意見を尊重し、この笊は平戸焼であるということにしましょう(笑)

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それにしても万古焼とは・・・・
血迷ったか?ナンシー・シファー???

もしこの笊について異なるご意見がありましたら
教えてくださいね。

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Category: 平戸焼

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