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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

見立てる (古平戸・染付梅花雪月文硯屏) 


渡米する前、ずいぶん昔の話ですが、長崎市の諏訪神社内にある
諏訪荘というところで茶道(裏千家)を習っていました。
仕事帰りの土曜日には、車を走らせて通ったものでした。

お茶を習って「おもしろいなぁ」と思った事のひとつに
「見立てる」ということがあります。

日本人って、想像力が豊かですね。
いろんなものを、別のものに見立てて
様々なものたちを記号としてパズルのように組み合わせながら
最終的により大きな意味をなす文化記号を
与えられた場に作り上げます。

茶会に招かれた方も、亭主にそのような意図があることを理解し
もてなしを受けなければなりません。
もてなしという芸術を理解し楽しむのに必要なのは
まさにこの文化記号を解読する能力、つまり文化リテレシーなのですね~。

と言うと、文化を楽しむことや必要とされる文化素養がまるで
西洋的無機質で味気ないものに聞こえてしまうのは残念ですが、
要は文化を楽しむには、ある文化の一領域だけに精通するのではなく
いろいろな領域に触れておかないとならないということでしょう。
そうやって教養を養って初めて文化の暗号解読ができるのではないかと思います。

見立てるという文化は、そのような教養がいかに高いレベルで求められているかを
示すように思われます。もし、ものの表面的な形しか理解できないと
何を何に見立て意味を成そうとするのか理解できないわけですから。

・・・・とあれこれうざったくポストモダニズム論を繰り広げているのには
ワタクシなりに理由があるのです。

前置きが長くなりました。
本題に入りましょう(・Д・)ノ

こちらをご覧ください。
古平戸の硯屏です。

screen 1

あちこちの有名な本に掲載されているそうで、一般的には
染付・梅花雪輪文硯屏と呼ばれるものです。

三川内の産業会館で入手可能な資料によりますと
制作年代は幕末。

思ったより古いですね。
大正時代頃のものと思っていました。

輪文のベースに梅の花木の細工、そして雪が描かれています。
文化レベルの高いことで知られた松浦藩の御用窯らしい
作品ですね。

書道具へのこだわりには、藩の文化教養の高さがうかがえます。

screen 2

近影。
梅の花。
screen 3

梅の木と枝。
古典的な図柄です。

screen 4

雪。
南国の作品らしく、雪も細雪というよりも
牡丹雪っぽいですね。

余談ですが、これと全く同じ図柄の雪(と桜)の
火入れを嬉野の源六窯が明治時代に造っています。
(源六と亀山・平戸との関係はまた改めて書くことにします)

screen 5

ひっくり返して、もう一面を見てみましょう。
同じく梅と雪ですが、微妙に図の構成が異なります。

screen 6

先に紹介した面は、梅の木が丸く曲線を描いており
まるで太鼓橋のようにも見えますね。

こちらは、まぁ普通の梅の木です。
曲線が美しいです。

screen 7

近影。

screen 8

さて、この梅の花と雪の硯屏ですが、最初購入した際
「輪文に梅の花かぁ~」というと、相方が
「輪文じゃなくてこれは月でしょ?白居易の詩にある雪月花だよ」と言いました。

そうだったのか~!!!

screen 9

・・・というか、まぁそうでしょう。

こうやって暗い背景に置いてみると
まさに月ですね~!

screen 10

白居易の雪月花とは「雪月花時最憶君」のこと。

自然の景物が美しい時に遠くにいる大切な人
(中国人の場合は同性の友人)を想う、ということです。

雪月花、というと日本人の場合、大伴家持の
「雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛しき子もがも」を
思い浮かべる方もいるかもしれませんが、
平戸松浦藩は中国文化教養に通じた藩だったことを考えると、
雪月花というテーマは白居易にちなんだものと
考えるのが正解ではないでしょうか。

いずれにせよ、梅花雪輪文と呼ぶよりも梅花雪月文と呼ぶほうが、
この硯屏によく似合っていることは間違いありません。

雪月花という漢字の組み合わせが東洋の美的感覚と融合して
なんともいえない優美な趣をこの作品にもたらします。

言語という記号(テクスト)が、コンテクストに取り込まれ
二次的な意味をもつ瞬間です。

ロラン・バルト、ミシェル・フーコーバンザイ~ ヾ(o´∀`o)ノ

screen 11

さて、裏を見てみましょう。
下部に小さな穴が開いていて、中は空洞になっています。
型に入れて成形したのでしょう。

この裏の土の質感、触った時に思わず
「あれだ~!」と叫んでしまいました。

以前紹介した三彩唐獅子の底の質感と全く同じです。

あれはやっぱり平戸だったんだと、この時思いました。
平戸がなんらかの理由で三彩風(釉薬でなく色をつけている)の
唐獅子を作り、輸出用にいくつかヨーロッパに売り込んだのでしょう。
これと同類、あるいは三彩風の肥前磁器を見たことがまだないので
一体どれほど作られ輸出されたのかはわかりませんが・・・・

平戸だったのかぁ・・・・
まぁ、そうだよなぁ~。大きさとかもほぼ同じだしねぇ。
中国の三彩っぽく作って輸出したけど売れなかった、というのが
本当のところでしょう・・・・

余談ですが、中国製の三彩唐獅子はオランダにかなり輸出されていました。
そりゃそうだ。( ̄^ ̄)ゞ
なにしろ、オランダ王家の紋章は青地の金色のライオンですからねぇ。。。。

screen 12

側面。

screen 13

雷文。

screen 14

輪文でなく月文だと思って改めてみると、
最初にお見せした面の太鼓橋のような梅の木が
今度は月にかかった雲のようにも見えてきます。

screen 15

日本人の美意識というのは、表面的な意味や形だけを楽しむのではなく
それぞれの記号によって作り上げられた表象を読み取り楽しむところにあるのだと
痛感します。

日本文化はまさに表象の帝国ですねヾ(・∀・)ノ

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Category: 平戸焼

tb 0 : cm 1   

Comments

図録に。

源六焼の図録に、掲載されていますね。良くご存知ですね。

ところで旦那さん #tbP3RbY6 | URL | 2017/01/30 03:41 [edit]

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