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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

亀山と有田の切れない関係 ~染付兜唐草唐子文皿~ 

もういくつ寝るとクリスマス~。
もうすぐ2015年も終わりですね。

毎年この時期は、日本に里帰りしてお正月を満喫したり、諏訪神社にお参りにいったり
その帰りに馬〇骨董に遊びに行ったり、湯布院で遊んだりするのですが・・・・
今年はいろいろと忙しく、ナント正月をこちらで過ごす羽目に・・・!

ううう・・・不毛だ・・・

でも、ここはカリフォルニアなので一応ちゃんとお節を作ったりできそうです。
アジアンタウンも充実しているので、飲茶で正月、もありかなぁ・・・
(いや、邪道か?)

さて、本日はついに出し渋っていた品を紹介しましょう。

江戸後期の輸出有田のテュリーンです。

tureen 1

有田以外の肥前陶磁器に興味がない方からすると、
これはおもしろくもおかしくもない幕末輸出有田のテュリーンですね。

でも、もし長崎の亀山焼に興味がある方なら、これはなかなか興味深いものだと思います。

江戸後期に忽然と現われ、わずか50年ほどでその歴史の幕を閉じた名窯・亀山は
いまもって謎に包まれた窯であり、その作品はコレクターにとっては希少価値の高いものと
なっています。

亀山焼についての簡単な概要はこちらにくわしく紹介しています。

長崎奉行所のテコ入れで、採算を度外視し、高級磁器製造に乗り出した長崎の亀山窯は
当時入手が難しかった中国の花呉須を使用し、長崎で遊んだ南画家に絵付けをさせて
素晴らしい作品をいくつも作りました。

さて、イギリスの東アジア磁器専門家も認めた名窯・亀山ですが、一世風靡をしたあとは
幕末頃、あっというまに消えてしまいました。

tureen 2

一般的に亀山焼の特徴はその「文人画」風の絵付けなのですが、これはあくまで
日本国内・長崎近辺で見られる亀山焼の特徴であり、その全貌とは言いがたいようです。

以前紹介した皿は、唐子の絵がついていますが、これは平戸焼の唐子を真似したのではなく
清時代の唐物青花の絵付けに似せたのだと推察されます。

さて、長崎では亀山焼について語るときに
有田焼などと切り離して造られた「高級磁器」のように言われます。
幕末に造られたと思われる「亀山」風の山水画の皿などは
有田が亀山を真似て造った「アリガメ」などと呼ばれ、長崎では
高級磁器である亀山焼のイメージをこわす雑器のように蔑まれるわけです。

果たして、蔵春亭や信甫、深川栄左衛門などの輸出有田がヨーロッパで
ある程度の成功を収めていた時代に、有田が亀山焼の模倣品を本当につくったのか、
それとも財政難にあえいで窯の存続も難しかった亀山自身が、
質の悪い雑器をつくるしかなかったのか、謎は残ったままです。

tureen 3

亀山焼の終焉についてはまだまだ調査が必要なようですが、
その誕生や輸出の歴史に有田が関わっていたというのはまちがいがなさそうです。

tureen 4

こちらは19世紀中期頃まで輸出されたいわゆる有田のテュリーンです。
テュリーンとは、スープや野菜を入れる蓋のついた器のこと。
江戸後期、特に幕末には、有田からヨーロッパに向けて多くのテュリーンが
輸出されています。

柴田コレクションに載っている蔵春亭の赤絵のものが有名ですね。

それ以外にもヨーロッパ市場で見かけるものにこういうものもあります。

特筆すべきは、当然この絵付けです。
誰が見ても明らかに同一人物によって描かれた絵付け。

ひとつは輸出亀山の銘がはいった皿であり、もうひとつは輸出有田の
シグニチャー・アイテムともいえる代物。

tureen 5

当たり前に考えれば、亀山の誕生に有田が深く関わっていたというのが
理に適っています。

当時の長崎をとりまく政治・経済的側面を鑑みると
お互い協力し合って輸出貿易の利を貪っていたと考えるのが自然でしょうね。
Win Win っていつの時代もあるんだなぁ。

有田の優秀な絵付け師に、唐物青花風の絵付けをさせ、松茂堂竹芭製という、
いかにも中国!な銘をつけてヨーロッパに売り込む亀山。

それをみた有田側。

「あ?いいんじゃないの?あの染付。うちのテュリーンにも同じ絵をつけて
売っちゃおうよ」

「でも花呉須ないよ」

「なんでもいいよ。」

みたいな感じで、有田の職人さんや輸出元締めが話していたのかは知りませんが(笑)
輸出亀山の絵付けにかりだされた輸出有田専門の優秀な絵付け師が
亀山につかった図柄を自分たちの輸出有田テュリーンにも付けた、というのは
間違いなさそうですね。

tureen 6

このあたりの事情について明らかにするためには、かなり広い視野に立って
地政学や経済学などの見地から仮説を立てないとどうにもならないようです。

当時の長崎における地理・政治・経済の力学を考慮しないことには
亀山の全貌を語ることはおそらく不可能でしょう。

いずれにしても、有田・亀山の切っても切れない関係は
このテュリーンに集約されていると思います。

tureen 7

さて、唐子の絵付け。
良い絵付けですね~。

遊んだり、勉強したりする唐子の愛らしいこと!

平戸焼ファンには申し訳ないのですが、私はど~も平戸の唐子は
あんまり好きじゃないんですよね。

雅松なんて、ウマイなぁ!と思うけど妙にスタイライズされていて
アートとしてはちょっとなぁ・・・・

でも、この唐子チャンたちは生き生きしていますね。

こういう生き生きした絵付けは、中国青花の皿に通じます。

tureen 8

有田・輸出テュリーン。
同じ型をつかったのでしょう。

みんな判を押したように同じデザインです。

tureen 9

本を読みながら友達と話す唐子。

tureen 10

お~い。
遊んでないで勉強しなさい!

tureen 11

遊ぶなっつーの。

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お、こちらはちゃんと勉強していますね。

tureen 13

こちらも勉強してて、エライなぁ・・・

この斜め後ろから描かれた姿も、絵付け師の技術の高さを伺えさせますね。

tureen 14

こちらは対のテュリーン。
細部がやや異なりますが、同じ絵付けです。

全体的に歪んで見えるのは、目の錯覚ではありませんよ(笑)。

tureen 15

以前お見せした亀山焼の皿は、イギリスからの掘り出し物ですが
こちらは、オランダ・アムステルダムから購入しました。

亀山焼が、有田・平戸についで輸出染付としてヨーロッパに出回っていた、という
ソーム・ジェニンスの記述はやはり正しいようです。

tureen 16

実は、このブログをちまちま書いている間に、なんと、またもや
同じ皿を手に入れることができました。

ラッキー!!

tureen 17

最後に、このテュリーンには、亀山の銘はどこにも見当たりません。
型や呉須の具合から、輸出有田と考えるのが妥当だと思いました。

次回は平戸焼のめずらしい龍の細工物を紹介します。

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Category: 古伊万里

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