08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

ホームシックの日々 ~葵紋 蒔絵 小箱~  

今日は唐突にも、華麗なるギャツビーという物語から。

フィッツジェラルドの名著、華麗なる(偉大なる)ギャツビーは、NYのロングアイランドに
突如現われた大富豪、ギャツビーにまつわる謎と愛の物語です。
昨今、ディカプリオがギャツビーを演じましたね。ケリー・マリガンのキャスト共々
俳優陣は結構良かったと思うのですが(個人的にはトビーマグワイヤではなく、イギリス俳優の
ジェームズ・マカヴォイを使って欲しかった・・・)、
監督がいかんせんバズ・ラーマンでしたので、映画の全体の仕上がりはヤッパリ

・・・・・・・

という感じでした。

スティーブ・マックイーンにでも撮らせたら面白かったかもしれませんね。

さて、この華麗なるギャツビーの物語には、こんなくだりがあります。
主人公のニック・キャラウェイは中西部の出身でしたが、東海岸の名門大学(イェール)へ進み
その後NYで働くことになり、その後ロングアイランドの富豪一族と交流を持ちます。

物語中、中西部出身の彼にとって癇に障るのが、この大富豪たちの東海岸出身者特有の
スノッブで傲慢な態度なのでした。

この物語を読みながら、当時の私は、”そんなに鼻につくもんかねぇ?”などと思っていました。

ところが・・・先週私はついに住みなれた東海岸(ちなみに東海岸というのは
DCより北を指します)を離れ、かの中西部へ人生で初めてやってきたのでした。

アメリカ独立・建国の歴史ある地からいきなり中西部、しかも破産都市宣言された街とは・・・
この街は、20世紀のアメリカの経済を支えた自動車産業の中心でした。
ここで始まった機械化の進んだ工場で大量生産される自動車が、アメリカをどれだけ豊かにしたことでしょう。

しかし・・・・しかし、なのです。
10年以上住み慣れた東海岸からやってきてみると、そこはやっぱり中西部。
ちょっと美術館にゴッホのひまわりを観にいって、お茶でもしよう、というわけにはいきません。

中西部の人には申し訳ないのですが、ギャツビーに出てくるスノッブな人たち同様
東海岸出身者には、中西部のライフスタイルはきびしいものがあります。
文明から離れてしまったようで、引越し一週間目にして、もう東海岸に帰りたい~!と
ホームシックになってしまいました。

ふぅ~。

今日はそんな東海岸の郷愁に浸るべく、蒔絵の小箱を引っ張り出してきました。

なぜこの葵紋の蒔絵が郷愁を誘うかといいますと、この箱、実はマサチューセッツから出てきた
お宝(←と勝手に思っているのですが)なのです。

aoi makie box 1

この辺りのことを説明するには、アメリカの歴史を説明する必要があるかもしれません。

先ほど述べた”傲慢な東海岸出身”の中でも、その最たるものはマサチューセッツ・ボストンの
金持ちだと思います。これに比べると、NYのロングアイランドの大富豪は成金にすぎません。

ボストンの歴史は古く、アメリカ最初の入植者であるイギリスの清教徒が
メイフラワー号でたどり着いたのもその近郊プリマスなら、
アメリカがイギリスからの独立を決意した茶会事件が発生したのもボストンでした。
独立戦争や南北戦争後も、ボストンはアメリカのエスタブリッシュメントとして権威の中心にありました。
日本が幕末の風雲の中にあった時、各藩が競って武器を集めた貿易先の多くはこのボストンだったわけです。

要するに、ボストンはアメリカのオールドマネーを象徴する街でした。
以前何度か触れましたが、このような歴史背景のため、今でも日本のお宝がざくざくでてくるのは
ボストン近郊なわけです。歴史背景を鑑みても、ボストン美術館に日本の至宝が集まっているのは
至極当然のことなわけですね~。

さて、やっと本題の蒔絵の小箱。

この小箱が出てきたのは、ボストン郊外のお金持ちが集まるとある町、
名家の子息が代々ゴルフなどを遊んだ土地柄でした。

この骨董商の手元には、いろいろと珍しい日本のものが・・・
あっと驚く、大日本帝国時代の勲章(日本だと30万くらいするもの)まで・・・

その中で、おや?と興味を持ったのが、この葵の御紋の蒔絵の小箱でした。

aoi make box 2

小箱、というからには小さいですね。縦15センチもあるでしょうか?
蓋の上部に、葵紋が3つ。

aoi makie box 3

側面の狭い面に、葵紋が各一個、広い面に各二個、合計葵紋は9個あります。

aoi makie box 4

外側の装飾は葵紋のみ、というシンプルさ。

aoi makie box 5

さて、中を開けて見ますと・・・

内側が金梨地になっています。
豪華ですね。

aoi makie box 6

そして、気になる蓋の裏面は・・・ナント・・・・

じゃーん。

aoi makie box 7

金蒔絵になっています。
素晴らしい細工です。
梅の花木にやってくるのは不如帰。

外側の近影。

aoi makie box 8

この小箱の時代を特定するために、いろいろと葵紋について調べました。

葵のご紋と言えば水戸黄門の印籠が有名ですが、この紋は実は時代とともに
デザインが多少変わっているのをご存知でしょうか?

aoi makie box 9

徳川葵は通常、丸に三つ葉葵ですが、徳川御三家の使用する葵紋は、
茎の描き方や葉の数などに微妙な違いがあります。

また、将軍家の場合でも、徳川初期の場合の葉の数は33本くらいありまして、
吉宗の時代に23本くらいになり、最後の将軍、慶喜の時代だと葉の数は13本になり、
そのデザインも初期と比べてかなりスタイライズされます。

aoi makie box 10

この箱を手に入れてからは、それはもう目を皿のようにして葉の数を数えたり、茎の形を
眺めたりして、ネットや本と首っ引きで調べたものでした。

問題は葉の数なのですが・・・・23枚ではなく、22枚なのですねぇ~。
むぅ~。

23枚だと、茎の形などからも、吉宗の時代かなぁ?と思えるのですが
一枚足りんのですよ!

一枚たりなぁ~いっ!!! って怪談か・・・

まぁ、この葉脈の数に関しては、その時代それぞれの特徴がありまして
23枚から22枚になったから、吉宗のすぐ後の時代、と簡単に言えるものでもないそうです。

篤姫の婚礼の際の道具についていた徳川紋の葉脈は25枚だったそうなので・・・・

aoi makie box 11

まぁ、時代の特定ははっきりとは言えませんが、骨董屋さんの話では
江戸時代には間違いだろう、とのこと。

この箱がプリマス近郊の骨董屋から出てきたことからも、たぶんなんらかの理由で
幕末に日本国内からアメリカに流出したものだと思われます。

aoi makie box 12

それにしてもこの小箱、一体なんに使うのでしょう?

香合にしては大きいし、文箱にしては小さいし・・・・と思っておりますと
なじみの骨董商は、”これは琴爪を入れる箱じゃないの?”とのこと。

は~ん?
そうかもしれませんね。
徳川か松平家のお姫様が琴爪をいれた箱かもしれません・・・
そう考えると、内部の瀟洒な細工も納得がいきますが・・・

aoi makie box 13

魚拓ではありませんが、となりにサムソン(!)のギャラクシーを置いてみました。
安物のカバーが、隣にある蒔絵の上品さを一層引き立てますね(笑)。

そういえば、東海岸を引っ越す際に家を売りに出したのですが、その際に家具の配置などを
演出するステージャー(演出家)を呼びました。

この方はアメリカ人ですので、日本の骨董は全く知らないのですが、
そこはそれ、売れっ子のステージャーなので、目は利くようです。
骨董棚を見て、一番良いものだけを選んで家の装飾品に使いました。

その彼女、この箱をみて、”ワァ~、なんてかわいらしいの!こんな箱、娘にも一つ
持たせたいわ!”だそうです。

オイオイ・・・・この箱はだね・・・・などと説教はしませんでしたが、
なんとなく苦笑してしまう私でした。

aoi makie box 14

ハハハ。

保存の状態は良かったです。
蓋の角の一つにヒビがちょっとヒビが入っていました。

何をいれようかなぁ・・・・?


いつもブログを覗いてくださる方、ありがとうございます。
遅筆ですが、がんばってアップしていきたいと思います。

ブログ村に参加しています。
ポチッと押していただけると励みになります。

にほんブログ村 美術ブログ 古美術・骨董へ
にほんブログ村

にほんブログ村 美術ブログへ
にほんブログ村


Related Entries

Category: その他

tb 0 : cm 8   

Comments

こんにちは~
興味深く読ませて頂きました。
引越し先はデトロイトでしょうか・・・
もう10年も住んでいらっしゃるのですね。
実は、今年3月にサンディエゴに行きました。
北米初上陸でした。
また出張を利用して、この機会を逃してなるものかと
フロリダのオーランドに住む親戚にも会ってきました。
ただ、時間の制約によりSDから
片道5時間以上かけて行ったにもかかわらず
たった1泊しか出来ませんでした・・(汗)

蒔絵の小箱素晴らしいですね!
写真でもその品格が伝わってきます。。。
シェル石油のフランス人技師が仕入れた15000円の櫃が
江戸初期に日本の名匠が製作したものと判明し、
後に、約7億でアムステルダム国立美術館に落札されたと
何かの記事で読んだ覚えがあります。
Michnoskiさんの箱も市場価値が高いかもしれませんね(笑)

唐子くん #6svPciqE | URL | 2014/07/07 02:19 [edit]

唐子くん様、

ご無沙汰しております(笑)。
早速のコメント、ありがとうございますv-14

SDですか?いいですね~!
私のいる所とは雲泥の差(笑)です・・・
願わくば、来年はぜひとも東海岸が北カリフォルニアに
帰りたいところです・・・

ところで、オーランドのディズニーにはいく時間はありましたか??
私は行ったことがないのですが、フロリダは楽しそうなところですね。
やっぱり海の見える場所がいいなぁ~

それにしても、15000円が7億に化けるとは!
これも骨董の魅力ですね~!
コレクターの夢ですなぁ・・・・v-10

Michnoski #- | URL | 2014/07/07 06:26 [edit]

お疲れ様です(笑)
ディズニーは行く時間がありませんでした・・・
見たのは大西洋とウォルマートくらいでしょうか(笑)
SDでは半日余裕がありましたので骨董屋に行きました。
裏にNIPPONと書かれた明治輸出用とおぼしき
磁器は沢山ありましたけど、その他は別に・・・(汗)

例の櫃、自分が見たのは日本の記事でしたけど
見つかりませんでしたので、英語版のリンク貼ります。
ご覧になっているかもしれませんが参考に・・v-8

http://www.dailymail.co.uk/news/article-2359361/Antique-Japanese-chest-cost-100-lost-70-years-sells-6m-auction.html

唐子くん #6svPciqE | URL | 2014/07/08 00:37 [edit]

唐子くん様、

カリフォルニアの骨董やはそんなかんじですねぇ・・・
深川忠次時代のいいものがたま~に出てきますけど
それより古いとなると、やっぱりニューイングランド地方になります・・
ちなみにSDは米海軍のベースがありますが、退役軍人はフロリダなどに
移るので、占領時代に収集した日本の骨董は
フロリダからもよくでてきますよ。

リンクわざわざありがとうございます。
でもこれ、すごいですね~。
見るからにお宝なのに、これが安くで売られていた、ということに
驚きです・・・
やっぱりねらい目はガレージセールめぐりかなぁ・・・・(笑)

Michnoski #- | URL | 2014/07/08 07:10 [edit]

日本の記事には7億とありましたが、
今の為替だと10億円ですかね!
しかしこの箱だけは、どんな素人が見ても普通のシロモノでないと
すぐに分かりそうですがね・・(笑)

SDでは、お店が一箇所に集まっている骨董通りのようなとこへ
友人に連れてって貰いました。。
印判とか、中国製であろう薩摩とか、鑑賞価値もゼロに近く。。
記念にひとつとも思いましたが、購入はしませんでした。
以前Michnoskiさんが仰っていたような予約制の
骨董屋だとイイモノを持っているのかもしれません。

さて今夜は超巨大台風が九州に上陸ですよ!v-62

唐子くん #6svPciqE | URL | 2014/07/08 17:31 [edit]

SDにも骨董屋の並ぶ通りがあるんですねぇ!
行ってみたい気もしますが、チャイニーズが多い
土地柄なので、だまされるのがこわいかも・・・v-12

今年は、九州に大雨・台風がもう直撃ですね・・・
これも地球温暖化の現象なのでしょうか・・?

お気をつけください~!v-12

Michnoski #- | URL | 2014/07/08 18:15 [edit]

こんばんは。

そろそろお引越しされたかな、と思いつつ貴ブログに訪問が出来ていませんでした。
新居はミシガン湖の東ですか。今から約50年ほど前に、車で旅行中にD市に立ち寄り
Fordの工場を見学した事が有ります。鉄の塊を溶かして鉄板にして車が
組立られるまでの一貫作業工程が、一つの敷地内で行われている事を目の当たりにして只々驚嘆させられたことを今思い出しました。あれだけ繁栄して
いた町、自動車産業のメッカのような町、が財政破綻に巻き込まれるなんて
誰が想像し得たでしょうか?

でも、最近は随分元気を取り戻しているのでしょうね。
今のお住まいが、早く「住めば都」と言えるようになればいいですね。^^

蒔絵に小箱、可愛いですね。日本では漆器の管理には気を使いますが、
そちらは湿度が低いからカビをはやす様な事は無いのでしょうね。

訳のわからない事ばかり書きましたが、これからも中西部からのレポートを
楽しみにしています。引っ越し疲れが残りません様に。^^

ココペリ77 #- | URL | 2014/07/11 20:55 [edit]

ココペリさん、

こんにちは。
そうでしたか~。かの地に50年も前にいらっしゃったとは!
訪問された当時は、アメリカが空前の好景気に沸いていた頃でしょう!
アメリカが20世紀に一番華やいでいた時代ですね。
その当時からすると、今日のD市の荒廃ぶりはきっと
信じられないような光景かもしれませんね。

ホームシックに泣いていてもしょうがないので
今日早速D市に中東料理を食べに行きました。
やはり噂どおり、本格的で、安くておいしかったですよ。
これからガンガン中東料理を食べ歩くことにしますv-14
これだけが楽しみになりそうな予感・・・
私の住む町はD市郊外の大学都市なので、
まぁ治安はそう悪くないんですが、週末何をして遊ぶか
選択肢がかなり限られています。
ちょくちょく中西部の生活をリポートしますよ~(笑)

Michnoski #- | URL | 2014/07/12 13:29 [edit]

Post a comment

Secret

Trackbacks

TrackbacksURL
→http://micnoski.blog.fc2.com/tb.php/50-c7b44d14
Use trackback on this entry.