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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

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海を渡った深川栄左衛門の輸出皿 

深川栄左衛門が香蘭社を設立したのは1879年のことだったそうです。

幕末の有田焼の流通は、鍋島藩が主導した佐賀商会が取り仕切っていました。
藩から一枚鑑札を得ていた久富氏は、やがてこれを田代紋左衛門へ譲渡し、
その後有田焼の輸出は田代家に独占されてしまいます。
海外で、肥蝶山信甫の輸出伊万里をあちこちで目にするのはこのためです。

ちなみに海外では、肥蝶山信甫銘のものは一般的に質が良いわりに値段はそう高くはありません。
数が多いからでしょうか?
私は集めていませんが、コレクターにとっては嬉しいことだと思います。


肥蝶山信甫は全体的に西洋人向けの大き目の皿や花瓶など大作が目立ちます。
オリエンタリズムを助長するような、侍や元禄の衣装を纏った女性などがよく描かれています。
好みが分かれると思いますが、外国人を魅了したのは間違いないでしょう。

話がそれましたが、その後、田代氏のモノポリは同業者の非難されるところとなったようで、
1868年に鍋島藩の陶磁器輸出を認可する貿易鑑札は10校に増やされ、
その新たな輸出業者の中に深川栄左衛門が入っていた、というわけです。

その彼は、貿易商として初期の時代にどのような商品を海外に輸出していたのでしょうか。
一月ほど前、こんなものが手に入りました。

Fukagawa yellow plate smaller 1

裏を見ると・・・

Fukagawa smaller 5

日肥山とは、日本国肥前皿山の陶磁器という意味です。深川が造った、と記されています。

近現代肥前陶磁銘款集によると、この銘はどうやら深川栄左衛門が香蘭社を起業する以前の
1860年から1870年代にかけて使われていたもののようです。
肥蝶山と日肥山は同じ意味ですが、後者の銘は前者ほどは多く使われていない
とのこと。蘭マークは入っていないので、香蘭社設立前、と考えていいようです。

Fukagawa smaller 3

それにしても、写真ではわかりにくいかもしれませんが、このお皿はきちんと手描きしてあります。

Fukagawa smaller 4

この写真のほうがわかりやすいかもしれませんが、なんというかゴッホの絵のように、
”絵の具(??)を使った!!!”感があります。気合が入りすぎて、
色が浮いているのがお分かりいただけると思います。

図柄はおそらく、この時代西洋を魅了していたチャイナを模したものだと思われます。
西洋の市場に入っていくのに、まずは売れ筋のチャイナを造ったのは、
商才のある深川栄左衛門ならではの戦略かも・・・

それにしても、このお皿チャイナを模したとしても雑に造られた感は否めません。
初めて見たときは贋物かと疑ってしまいました・・・

皿の底は二重高台になっています。当時の有田の陶石は天草陶石などに比べると柔らかく、
小さく薄い皿をつくると真ん中が中央にせりあがったり、このお皿のように中央がへこんだりしたそうです。
このお皿も横からみると・・・

Fukagawa smaller 2

さらに真ん中は二重高台にしてあるため、ちょっとへこんでいます。

美術的な価値はない皿ですが、明治の初め、海外の資本市場の世界に飛び込んだ日本人貿易商の
意気込みがなんとなく伝わるような気がします。

イギリスからの掘り出し物でした。
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