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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

里帰り旅行記 ~島原の乱編~ 

2017年末の里帰りの際に旅行した記録です。
骨董の話ではありませんので、悪しからず。

九州旅行の行先もそろそろネタが尽きてきたので、今回は
歴史テーマを中心とした旅程をたててみました。

テーマはズバリ、「島原の乱」!
島原の乱の史跡を巡るのには実はちゃんとした理由があるのですが
それはこの際置いといて、さぁ、行ってきました。冬の島原!

前回は真夏に行って、熱中症にかかる寸前だったので、今回はリベンジです。

まずは、長崎から島原市へ。
いろいろとルートを考えましたが、今回は一日目島原からフェリーに乗って
天草方面へ行く予定だったので、小浜や雲仙には寄り道せず、いきなり島原市に直行!
温泉卵も六兵衛もなし!(っω・`。)

お約束の島原城へ。

Christian His

ここは、島原藩の松倉重政が過酷な取り立てをして築城し、
島原の乱の主因を造ったと言われます。

島原というのは、所謂東シナ海交易におい非常に重要な役割を果たした土地柄なんです。
もとは、福建省などの中国人の商人が五島や平戸などと共に立ち寄った港町として
栄え、16世紀にはポルトガル人が交易やキリスト教布教のため多く訪れました。
先代の有馬家が関ケ原後改易されてからは、鍋島藩がしばらくここを収めた後、
大和五条の松倉家が招聘され、収めることとなりました。
その際、もともと有馬が居城した南島原の日野江城や新たに築城した原城には住まず、
新たに身の丈に合わない立派な城を築城したのが、この島原城です。

城内は、主に島原の乱や隠れキリシタン弾圧についての資料が展示されています。
マリア観音像。
マリア観音のほとんどは実は少数の平戸製を除いては、中国・福建省の
徳化窯の作品なんですよ。 いろいろあります。

CH2.jpg

さて、私にとって初耳だったのは、島原には眉山焼というやきものがあったのだそうです。
島原藩の御庭焼だったそうですが、展示を見てビックリ!

平戸焼でしょ?これ。

CH 4

これも、可能性としては鍋島、平戸、武雄・・・

この亀甲の透かし彫りは、平戸焼だけでなく鍋島や亀山焼でも見かけます。
これだけの高級磁器ですので、嬉野・武雄の線もあるかもしれませんが・・・

島原でこれだけのものを作っていたのでしょうか。
眉山焼については、まったく知りませんでした。(。-_-。)

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このあたりは平戸焼でしょう。
手前の花瓶(菊貼り付け)は絶対に平戸焼ですね。

CH6.jpg

菅焼花瓶。
眉山焼の前身となった焼き物だそうです。


CH7.jpg

釈然としませんが、気を取り直して北村西望彫刻庭園へ。
島原が生んだ偉大なる彫刻家です。長崎の平和像で有名です。

CH8.jpg

平和像は個人的にはイマイチですが、北村西望の作品はやっぱり良いですね。
ロダンでも西望でも、素晴らしい彫刻家の作品は、なにか迫ってくるような感覚を覚えます。
存在感だけで、すでに芸術なんですね~。
モダンアートにも見習ってほしいもんです・・・

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今回のテーマ、天草四郎像。
あれ?かっこよくないよ?

この日はとにかく寒かったので、早速お昼に。
島原名物姫松屋の具雑煮。

これも島原の乱で食べ始めたのがきっかけだとか。
なんでも島原の乱とこじつけてる・・?

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島原の具雑煮は有名ですが、次回はここはもう来ないと思います。
味もサービスもちょっと・・・という感じで、人には勧められないかな。

次回、島原では新名物のとりのからあげを食べることにしましょう。

ブツブツいいながら、南島原市へ出発。

南島原へ向かう海岸線を下ると、原城址が見えてきます。
空模様も手伝って、なんとなく神秘的なかんじです。
キリシタンにまつわる場所は、西彼半島でも島原でも平戸でもおおむね
こんな感じです。
デウスを信じたくなるような風景ですね。

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ここももうすぐ世界遺産に加わる予定だとか。
1992年から2008年頃まで、ここ原城では発掘調査が行われたそうで
おびただしい数の人骨はもちろん、黄金の十字架等も発見されたのだそうです。
くわしくは、五野井隆史氏の「島原の乱とキリシタン」をご覧ください。
おすすめです。

CH13.jpg

島原の乱についてはいろいろと興味深いことを学びました。
最初反乱軍は天草の富岡城を攻めたそうです。
地図をみないとわかりにくいかもしれませんが、富岡城は天草の西端にあり
長崎の茂木とは目と鼻の先です。
富岡城を乗っ取り、長崎を攻めることができていれば
幕府も大わらわだったことでしょうが、当時ポルトガルがキリシタン反乱軍を
果たして援護できたかは史家の間でも意見が分かれるところです。
この富岡城が落ちていれば、歴史は多少変わっていたのかもしれませんが
結局富岡城は落城せず反乱軍は島原へと戻りました。

この後原城を攻めたのは鍋島藩、陣中期も奪取しました。
総大将・天草四郎は首を取られて、長崎出島(当時はポルトガル人用ゲットー)の
門に晒されたと言いますので、幕府としてはやはりポルトガルがキリシタンを煽ったと見ていた
のでしょうか?

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原城址はあまり整備されていないのですが、そこが良いです。
雰囲気がありおすすめです。

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原城から20分ほど車で下向すると、島原半島の最南端口之津へ着きます。
ここは有馬藩だったころ、かのザビエルの弟子トルレス、大分で育児院を作った
アルメイダが滞在した場所で、もとは日本におけるイエズス会の本拠地だったんです。
今はむかし、ポルトガルからの貿易船や教会でにぎわった面影はありませんが、
歴史を勉強してから行くと、なかなか味わい深いものがあります。
今回の旅で一番心に残ったのは、なぜかこのフェリー待ちの風景です。

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この日はフェリーで天草に渡り、天草のめぼしい資料館を見てまわりました。
島原の乱の時天草四郎の陣が作ったという旗は残念ながら展示されていませんでした。
野暮なことを言うようですけど、今回の旅行で気になったことの一つに
地方の資料館、レプリカの展示が多すぎです。
島原城もそうです。モンタヌスの雲仙のレプリカとかが展示していたんですが
資料館にせよ、博物館にせよお金を取る以上はできるだけ本物を見せてほしいです。

「どこも経営難ですよ!」という声が聞こえてきそうですが
天草の資料館まで足を運ぶ人はやっぱり陣中旗を見たいと思うんですよね。
ないものは見せられませんが、せっかくあるんだったら常時展示してほしいです。
そして旅行者も、本物の展示を見るために地方をどんどん旅してほしいですね。

さて、やっとこさ本日宿泊する宿、ホテル竜宮に着きました。

部屋に着いたとたん、景色をみて「おおおおおーーー!!」

ご覧ください、この景色!!!
素晴らしすぎます。

部屋から、天草五橋の5つ目の橋が見えます。
(この写真ではみえませんが・・・)
そして目の前には、天草松島が!

本当に素敵です。
この宿にしてよかったー!

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パノラマです。

サービスも、田舎の(失礼!)宿とは思えぬほど社員教育が行き届いています。

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ディナーも良かったんですが、なんといっても家族みんなが喜んだのは
朝のバイキング。
天草松島を目の前に、おいしいタイ茶漬けを朝っぱらから二杯もかっ食らっていたのは
うちの相方です。ハイ。(。-_-。) そんなにうまかった?

CH20.jpg

なんだかんだ言って、天草が本当に気に入りました。
また是非行ってみたいです。
いや、絶対行きます!
朝の天草、素晴らしい~!

_DSC1483.jpg

この後は熊本城へ。

熊本城は残念ながら地震の被害のため堀の外から眺めるのみ。
私は熊本城は日本一美しい城だと思っていたので、この姿は
本当に残念です。

CH22.jpg

一日も早い復興を祈ります。

CH21.jpg

熊本城が見れないので、せめてお土産屋さんにて熊本観光業をサポート。

これは天草のウニコロッケ。
結構いけます。

CH23.jpg

この後、南阿蘇の高森に宿泊。
ここも地震の爪痕が痛々しいです。
移動に苦労しました。

宿では、阿蘇の特産赤牛や地鶏のBBQ.
ビールが合います。

CH24.jpg

大観峰。
この後、阿蘇高森から大変な目に合いながら、なんと九重・湯布院に向かいました。

やめときゃよかった・・・
ここ2-3年ほど、湯布院は中国人・韓国人観光客でいっぱいでして
以前のようなハイエンド・リゾートの雰囲気はもうありません。
こっとう「和」もご主人が亡くなり、キャラバンのマスターは
観光客の接待で忙しく・・・・

湯布院も変わってしまいました。(つД`)ノ

daikanbo.jpg

尻すぼみの旅行になってしまいましたが、
収穫も一応ありましたので、そう文句も言えませんね。

それにしても、天草また是非行きたいなぁ。

CH25.jpg

最後は・・・・もちろん山田SAの鶏天ランチです。
山田も、集中豪雨の被害から立ち直りつつあるのでしょうか。
ここも復興頑張ってほしいです。

次回は、最近やっと手に入った長崎螺鈿+有田・蔵春亭を紹介します。

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Category: 旅行記

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Comments

私は、天草には行ったことがありませんが、風景が良いですね(^-^;
それに、食べ物も美味しそう、、、(^-^;

眉山焼というものがあるんですか!
知りませんでした(><)
焼物は、なんか、よく整理されず、雑然と並べられている感じですね。
焼物に明るい方が居ないんでしょうか、、、。
田舎の小さな資料館というようなところには、そんな所って、結構ありますよね、、、。

次回の有田・蔵春亭の紹介を期待しております。

Dr.K #eXNwpwSM | URL | 2018/04/06 16:28 [edit]

Dr.K様、

こんにちは!
天草、すごく良かったですよ。景色も良いし、料理もおいしかったです。
北原白秋をはじめとする五足の靴が来たことでも有名だそうで、
明治時代の南蛮趣味は島原・天草にインスパイアされたそうです。

眉山焼は私も初耳でした。地元の人たちに聞いてみたのですが
みなさんあまりご存じないようでした。もうちょっと調べてみる価値はありそうです。
島原城は島原の乱や隠れキリシタンなどについての展示を中心としているので
学芸員の方も美術工芸品までは手が回らないのかもしれませんね。
磁器はともかく、隠れキリシタン資料は一見の価値がありました。

次回の長崎螺鈿、某ブロガーさんが所蔵しているものと姉妹品かも?
乞うご期待!

Micnoski #- | URL | 2018/04/06 21:24 [edit]

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