平戸焼の魅力(1)- Prince of Porcelain -
Prince of Porcelain
陶磁器の貴公子
これって何のことだと思いますか?
平戸焼のことなんです。
平戸焼は今日、三河内焼と呼ばれます。
有田、波佐見の隣、三河内(長崎県佐世保市)で造られる陶磁器のことですが
もとは、平戸松浦藩の御用窯で造られていたものを指します。
西欧では平戸焼は陶磁器の最高峰と位置づけられています。
伊万里、薩摩は人気はありますが、最高の技術と質を誇るのは平戸焼なのだそうです。
陶磁器研究者や大英博物館をして、最も洗練された陶磁器、と評されます。
なぜこのように評されるのか、それにはいくつか理由があります。
まずは、ご存知の方も多いと思いますが、平戸焼は松浦家の御用窯であり、
もとは利益等を度外視して、将軍や大名、天皇家に献上する器や贈答品が造られた、
という歴史背景があります。
この辺りは鍋島藩の大川内山が質の高い作品を造る歴史的背景と似ています。
もう一つは、平戸松浦藩は長崎での輸出貿易において、かなり優遇されていました。
このため、質の高い平戸焼の輸出品が早くから西欧に渡り、
王侯貴族たちによって愛でられた、という歴史の経緯があります。
さらに大切なのは、平戸焼は天草陶石の使用にこだわったことでした。
天草陶石の使用により、有田よりも、より白い磁器の製造を可能にしたこと、
また、天草陶石が泉山陶石と質が微妙に異なったため、あらゆる細工物を作ることで
美術品として高い評価を得ていたことがあげられます。
しかしながら、最も大切な要因はおそらく平戸松浦藩の
地の利ではなかったでしょうか?
平戸は長崎県北にある島ですが、もとは倭寇が治めた土地です。
昨年の某ドラマではありませんが、”海賊の王”の国なわけですね。
倭寇と言っても、実際の8-9割は中国人だったそうなので、当然
松浦藩は古くから福建省あたりからやってくる中国人の海賊を領内に
住まわせていたそうです。(鄭成功の父親の話などが有名ですね)
当然、中国からあらゆる文化的なものが松浦藩の手に渡ったわけです。
それは当時世界最高峰とされていた中国の陶磁器に関しても例外ではありませんでした。
陶磁器の製作に必要な質のよい呉須も簡単に手に入りました。
このような平戸独特の地政学的、文化的な背景が、
その後の御用窯の陶磁器製造の質に影響を与えたのは当然のことでした。
優れた文化が生まれるのには必ず環境的な理由があります。
・・・と、ここまできて、お読み下さっている方の中には、
それで???お前は本でも書くんかい!
とイラつかれている人もいるかもしれません。
でも、私の平戸焼に対する熱~い情熱はわかっていただけたと思います(笑)。
さて今日は、私のコレクションの中でもお宝(??)に入るものの一つを
紹介したいと思います。
ポチッと応援お願いします。

???????

???????
陶磁器の貴公子
これって何のことだと思いますか?
平戸焼のことなんです。
平戸焼は今日、三河内焼と呼ばれます。
有田、波佐見の隣、三河内(長崎県佐世保市)で造られる陶磁器のことですが
もとは、平戸松浦藩の御用窯で造られていたものを指します。
西欧では平戸焼は陶磁器の最高峰と位置づけられています。
伊万里、薩摩は人気はありますが、最高の技術と質を誇るのは平戸焼なのだそうです。
陶磁器研究者や大英博物館をして、最も洗練された陶磁器、と評されます。
なぜこのように評されるのか、それにはいくつか理由があります。
まずは、ご存知の方も多いと思いますが、平戸焼は松浦家の御用窯であり、
もとは利益等を度外視して、将軍や大名、天皇家に献上する器や贈答品が造られた、
という歴史背景があります。
この辺りは鍋島藩の大川内山が質の高い作品を造る歴史的背景と似ています。
もう一つは、平戸松浦藩は長崎での輸出貿易において、かなり優遇されていました。
このため、質の高い平戸焼の輸出品が早くから西欧に渡り、
王侯貴族たちによって愛でられた、という歴史の経緯があります。
さらに大切なのは、平戸焼は天草陶石の使用にこだわったことでした。
天草陶石の使用により、有田よりも、より白い磁器の製造を可能にしたこと、
また、天草陶石が泉山陶石と質が微妙に異なったため、あらゆる細工物を作ることで
美術品として高い評価を得ていたことがあげられます。
しかしながら、最も大切な要因はおそらく平戸松浦藩の
地の利ではなかったでしょうか?
平戸は長崎県北にある島ですが、もとは倭寇が治めた土地です。
昨年の某ドラマではありませんが、”海賊の王”の国なわけですね。
倭寇と言っても、実際の8-9割は中国人だったそうなので、当然
松浦藩は古くから福建省あたりからやってくる中国人の海賊を領内に
住まわせていたそうです。(鄭成功の父親の話などが有名ですね)
当然、中国からあらゆる文化的なものが松浦藩の手に渡ったわけです。
それは当時世界最高峰とされていた中国の陶磁器に関しても例外ではありませんでした。
陶磁器の製作に必要な質のよい呉須も簡単に手に入りました。
このような平戸独特の地政学的、文化的な背景が、
その後の御用窯の陶磁器製造の質に影響を与えたのは当然のことでした。
優れた文化が生まれるのには必ず環境的な理由があります。
・・・と、ここまできて、お読み下さっている方の中には、
それで???お前は本でも書くんかい!
とイラつかれている人もいるかもしれません。
でも、私の平戸焼に対する熱~い情熱はわかっていただけたと思います(笑)。
さて今日は、私のコレクションの中でもお宝(??)に入るものの一つを
紹介したいと思います。
ポチッと応援お願いします。

???????

???????
- Related Entries
-
- 幕末、明治肥前陶磁器の迷宮~平戸焼(?)色絵冠形香炉~ (Jul. 09 2013)
- 平戸焼の本 -Prince of Porcelains (May. 15 2013)
- 栄螺と郷愁 -湯布院の思い出ー (May. 14 2013)
- 平戸焼の魅力(2)- Prince of Porcelain - (May. 08 2013)
- 平戸焼の魅力(1)- Prince of Porcelain - (May. 08 2013)
Category: 平戸焼
« 平戸焼の魅力(2)- Prince of Porcelain - | 星に願いを ~カシオペア座と古伊万里~ »
Comments
Trackbacks
| h o m e |