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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

Fine & Curious (色絵陽刻松鶴文三足注器) 

2016年は有田における日本磁器誕生400年記念の年にあたります。
当ブログでもこのアニバーサリーを祝して
有田焼の華麗なる歴史に一役を買った一品を紹介することにしましょう。

古伊万里ファンであれば、必ず手元に持っておきたい名著の一つに
オランダの東洋古陶磁研究の大家であるChristiaan Jorgの
Fine & Curiousがあります。

その著は、本国オランダからバタビアの東インド会社にむけて
送られた伝書の以下のような抜粋から始まります。

'Your Honour shall look to it that everything is fine and curious as to painting...'

閣下におかれましては、(買い付ける磁器は)すべてが、その絵付けにいたるまで
精巧(fine)で珍しい (curious)ものであるよう、ご配慮ください 
(拙訳)

かくして、東インド会社は日本の有田から
極めて高品質で東洋趣味にあふれた古伊万里を
多数買い集め、本国に送るに至ったわけです。

Fine & Curious.
なんという魅惑的な言葉でしょう。

古伊万里ファンにとって、これほど的確に
古伊万里を形容する言葉があるでしょうか?

もっとも、Curious という言葉の選択は
あくまでもヨーロッパ人の視点によるものです。
ヨーロッパ人の興味をそそるような珍しくて
おもしろいもの、といった意味でしょうけど、
とにかく当時のヨーロッパ人にとっては
東洋の磁器は、非常に珍しく熱狂せずには
いられなかったのではないでしょうか。

ザクセン王を始め、ヨーロッパの貴族を魅了した古伊万里ですが、
その輸出品の中でも特に珍しいコーヒーポットを今日は紹介しましょう。

色絵陽刻松鶴文三足注器です。

coffee pot

九陶の蒲原コレクションやハウステンボス内の古伊万里美術館にも
所蔵してあるこのコーヒーポットは18世紀の作。
東インド会社からの注文品だそうです。

16世紀、アラビアからヨーロッパにコーヒーが伝わると、
あっという間にあちこちで大流行。

九陶から出版されている輸出古伊万里本の決定版(!)
「古伊万里の道」によると、東インド会社から有田への
コーヒーポットの製作・注文に関する資料は
1680年ごろにやっと文書等に現われます。

有田焼はその創生期より中国のやきものを常に追いかけてきたわけですが
このコーヒーポットに関しては、実は有田のものが中国製よりも
先に作られたそうです。

ヨーロッパでコーヒーが流行した17世紀、中国は明王朝の衰亡・
清王朝の興隆と、国内は荒れに荒れておりました。
清王朝が西洋に磁器輸出を禁じたことも相まって、
東インド会社の注文、買い付けは自然有田へと向いたわけです。

coffee pot 2

さて、三足で胴長のポットは主に1720-1760年にかけて輸出されました。
このような形の注器は、皆同じ形であることから、型にはめて成形されたものです。
ちなみに三つ足のポットはイギリス風なのだとか。

coffee pot 3

このポットについては、いくつか説明すべき点がありますが
まずは、これがなぜ美術館でもない我が家にあるのかということ(笑)

ご存知の通り、このポットはいわゆるミュージアムピースと呼ばれるべきものです。
本物がネットオークションに出回ることはほぼ100%ありません。
ネットでみたよ、という方、それはフランスのサムソン製か明治期の
復刻版ですよ(。>ω<。)ノ 
お気をつけください!

80年代バブルの時代、古伊万里ブームも手伝って
この手のものは殆どヨーロッパから日本へ買い戻されました。
その後、これらの里帰り珍品はほとんどが
美術館や古陶磁館などのしかるべき
場所に収められたわけです。

1年半前でしょうか。ハウステンボスでワンピースクルージングの後、
古伊万里を集めた館に行き、このポットの前で指をくわえながら、
「こればっかりは絶対手にはいらないよねぇ・・・」と嘆いていた私。

ところが数ヶ月前、その私の目の前に突如このポットが現われました。
見つけたのはもちろん相方(!)

お宝ハンターの彼ですが、最初に見つけたときはさすがに
信じられなかったそうです。

This can't be real. It's too good to be true.
などとウダウダ言っておりました。

それに、形がちょっと変。三つ足が短い・・・・?

「これさぁ、本物かなぁ・・?」と問う彼に
一瞥くれる私。

おおお!本物じゃないですか!

「ギャァーーー!!本物かなぁ、じゃねぇ~!!!
なにをやっとるんじゃぁ!さっさと買わんかい!!!!」と怒る私。

美術館でしつこく見ていたのですぐに本物だと判った私でしたが、
相方が「???」と思ったのはズバリこの変な形のせいなんです。
不具合というべきか・・・・。

通常、美術館にあるこの手のポットは三つ足になっており
その足の部分は象の頭部もしくは美人像、あるいは男性像になっております。
このポットの場合、なんとその三つ足の部分が短いですね。
なぜかと言うと、なんと胴体を切ってある(!)からなんです。

その理由として考えられるのは、おそらく三つのうちいずれかの像が破損して
三つ足で立てなくなったので、(1)修理するか、(2)胴体を切って均一の
高さにする、という選択肢を迫られたものと思われます。

っていうか、普通(2)じゃなくて(1)を選ぶだろう!!!
Σ(´Д`*)

coffee pot 4

ボクシングへレナ・・?

coffee pot 5

いや、江戸川乱歩か・・・・??

coffee pot 6

嗚呼、なんということでありましょう。

でも、前の持ち主としては苦肉の策だったのでしょうねぇ。
捨てられなかっただけましか・・?

一応、これでも形として成り立っているところがスゴイ・・・・?

coffee pot 7

でも、さすが古伊万里の真骨頂とでも言うべき作品。
とにかく存在感が半端じゃありません。

そこにあるだけで、その佇まいに圧倒されます。
イヤ、本当になんかスゴイんですよ。

存在するコーヒーポットは美術館にあるものですら、ほとんどその蓋が喪失しています。
こちらも蓋はありませんが、これはしょうがないでしょう。

coffee pot 8

このコーヒーポットはヨーロッパで大層人気があったようです。
あんまり人気があったので、フランスのサムソン窯がこの模倣品を作り
販売すると、大いに売れました。

コレクターが古伊万里と思い込んで実はサムソン製や復刻版を
所有しているのをよく見かけます。
コレクターですら贋作を買ってしまうという古伊万里
コーヒーポット。

では、贋物と本物はどこが違うのでしょう?

coffee pot 9

真贋を簡単に見分ける上で一番の違いは、
ズバリ本物は(1)色絵付けの部分があまりよくない(ボロい・・)
そのわりに(2)陽刻があり、良くみると結構凝っていることです。

だまされやすいパターンとしては、見た目が妙に綺麗で
陽刻がないもの、美人像の顔に手抜きがあるものは
避けたほうが良いかもしれません。これらはサムソン製の特徴です。

coffee pot 10

では、本物はどう凝っているのか、というと
たとえば、写真をご覧ください。

鶴など、絵付けが雑なわりにはきちんと立体感が出ています。
また、鶴の雛がいる巣の陽刻、かなり細かく出来ているとおもいませんか?
巣のもつ柔らかい質感がよく出ています。
こんな質感を、よくもまぁ陽刻だけで表現できたもんです。

coffee pot 11

細部。
雑なようで実は凝っている、というのが
ポイントというべきか・・・?

coffee pot 12

東インド会社から輸出されたものには、いわゆる国内向け
元禄時代の精巧さや完成された美しさはありません。

しかし、全体的に奔放で、なんと言うか
Lively なわけです。

動的で生き生きとした美しさがあると思います。

coffee pot 13

取っ手にもきちんと絵付け。

coffee pot 14

鶴や松をかたどった陽刻だけでなく
松の木にも立体感をだすようあちこち手をかけています。

サムソンや復刻版は一見絢爛豪華ですが
そのつくりは極めて2次元的であると言わねばなりません。

coffee pot 15

東インド会社が注文したというこのコーヒーポット。

バタビアの総督に送られた手紙にもあるように
その注文品の多くは、まさにFine & Curious だったのです。

coffee pot 16

今年は、日本磁器誕生400年記念の年です。
有田にある美術館や古陶磁館の中にも、
これと同じような古伊万里のコーヒーポットを所蔵している所は
いくつかあります。

有田へ行く折には、是非本物をじっくりご覧ください。
そのFine でCuriousな魅力にきっと驚かれることでしょう。

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二番手の男 (幕末有田・染付青磁 唐子雪玉文皿) 

司馬遼太郎の「歳月」を読みました。
暇つぶしにBook Offで見つけて読んだのですが
いや~、久しぶりにおもしろい本に出会えました。

「歳月」は、司法卿江藤新平についての物語です。
江藤新平というと、佐賀の乱のイメージしかなかったんですが(汗)、
なんと近代日本の司法制度を作った人だったんですね~。

物語を要約すると、下級武士に生まれた佐賀藩士
江藤新平が、ずば抜けた頭脳で頭角をあらわし、
肥前・鍋島藩を討幕運動に引き込みます。
明治政府においては司法卿にまで上り詰めますが
最後は征韓論に破れ、大久保利通の謀略にかかり
佐賀の乱に担がれて刑死するという話でした。
地味な話だけど、これが本当におもしろかった~!

司馬遼太郎の作品は随分読みましたが、大人になってからは
なんか相性悪かったんですよねぇ。
「竜馬がゆく」なんて、何回読んでも最終巻までたどり着かない不思議。

思うに、主人公がいわゆる男も女もほれるヒーローだと、
なんかツマンナイ、と思う性質なんですねぇ。

坂本龍馬とか高杉晋作みたいな、政治的で行動力があって
女にもモテル、っていうかっこいい男には
あんまりときめかないんだなぁ・・・・・
おなかいっぱいって感じ?

一番手よりも二番手が良い・・・・

「歳月」という話は、つまるところ、大久保利通と江藤両者が
新国家を創造するための権力を争う物語だと思うんですが
権力を追い求める過程で必然的に遭遇する倫理感や正義感との衝突を、
果たして権力を得るがため無視するか、しないかというのが
この二人の人物像の分かれ道であるように思えます。
最終的に、冷血漢か正義漢かの違いですね。

そう考えると、二番手の男というのは
政治的感覚は乏しいと思うのですが
不器用ながらもなにかしら好感が持てるわけです。
男というものは正義感がなくてはなりません (・Д・)ノ

次回、里帰りした時は今まで素通りしてた佐賀市街にも
江藤新平の墓参りに行かねばなりませんなぁ・・・・。

まぁそんなわけで、とにかく私の脳内では今佐賀ブーム!
毎日佐賀城の資料館所蔵品を見たり、佐賀の近代史を
読んだり・・・・

こうなりゃ、佐賀・有田の幕末輸出皿でも見せてやらぁ!というわけで、
こちらを紹介することにしましょう。

佐賀・幕末つながり・・・ということで・・・
苦しい・・・・? 。(゚´Д`゚)゚。

kara 1

1820年~1860年のもので間違いないと思います。

絵付けが素晴らしいですね。
有田離れしています(笑)

モチーフは、いわゆる「雪遊びする唐子」

kara 2

それにしてもまぁ、この絵付けどんなもんでしょう?

タイムマシンがあったら、1840年ごろの肥前へいって
この皿が一体どこで絵付けされたのか確かめたいくらいです。

・・・というのも、先に書いたとおり、この絵付けは有田離れしていると
思いませんか?

唐子の雪遊びというのは、江戸後期の有田の絵付けや
平戸にもありますが、こんなに上手のものはこれ以外に
見たことがありません。

まるで絵師が紙に描いた様な出来栄えです。

kara 3

逃げる子供たちの表情、良いですね。
kara 4

それぞれの子供達の表情を見てみましょう。
一人ひとり丁寧に描かれています。

kara 5

kara 6

kara 7

kara 8

さて、この大皿(本当に大きい!)絵付けだけみてもあまり見慣れない
感じですね。

実は、1820年ごろから1860年ごろにかけて、有田には珍しく
絵付けが際立って上手く、唐物風の絵付けで、しかも青磁をかけたり
呉須の色が妙に深く青い作品があります。

この手のものは柴田コレクションにも含まれますが
イギリスやオランダに輸出されたものにもよく見られます。

輸出用上手なのだとずっと思っていました。

kara 9

裏を見てみましょう。

kara 10

銘は角福ですが、柿右衛門ではありません。

フクのつくりの田の部分が十字でなく×になっているのが特徴的です。

実は、この裏銘について過去かなりしつこく調べたことがありました。
2-3年前のことですが、この銘の皿がいくつかネットで出てきたことがありました。

どれも「贋作か?」とも思えるような大変出来の良いものでした。
随分調べたのですが、結局幕末頃のものではないかと推測だけして
はっきりしたことは分からずじまい。

でも、あきらめきれずにかなりしつこく調べたことを覚えています。

最近、この銘が柴田コレクションの某皿の銘と同じものであることに
気づきました。九陶の近現代肥前陶磁銘款集にのっていなかったのは
近代以前のものだったからでしょう。

kara 11

あれから数年後、この皿を見た瞬間、例の亀山焼の皿が頭に浮かびました。
一も二もなく購入したのですが、手にとって見ると
あの皿との共通点があることに気づきました。

まずは呉須の発色、際立って上手い絵付け。
裏をみると、これまた有田・亀山テュリーンを思い起こさせる文様。

kara 12

あくまで推測の域ですが、1820年ー1860年ごろ(亀山の時代とも合いますね)に
有田、平戸、亀山、秋浦、塩田等の窯から輸出される器に
絵付けをする専門の集団がいたのではないかと思います。
この集団は、二手(三手?)に分かれます。
ひとつは平戸焼の輸出用卵殻手や秋浦焼などに色をつけた色絵集団。
また、これと別個かもしれませんが、蔵春亭や信甫、初期深川の輸出品に
サムライやゲイシャなどの絵付けをした集団もあります。

もうひとつは、亀山や有田などに染付で清や明時代の唐物風の絵付けを
ほどこした染付集団。松茂堂竹芭製は、この染付・色絵付集団が
長崎の輸出用亀山につけた名前だと思われます。

前者の絵付けは高質ではありませんが、後者の絵付けは
江戸後期や幕末の通常の有田の器とは一線を画する高いスキルです。
(余談ながら、この唐子とほぼ同じような絵付けの平戸の花器を
つい最近見ました。つまり、この染付絵付集団は有田、亀山だけでなく
平戸にもかかわっていたということになります。)

やきものを見て、推測できるのは残念ながらここまで。
ここからは、1820-1860年の肥前・平戸・長崎の歴史を
紐解かなくてはなりません。

一つだけ共通点を見出すとすれば、それは肥前と平戸藩が
当時長崎警護にあたっていた、という事実です。
幕末の風雲をむかえる長崎で一体なにが起こっていたのか
各窯の造る磁器のダイナミックスだけ見ても
非常に興味深いですね。
私の推測では、この絵付集団は長崎にいたと思うのですが
これもあくまで想像の範囲です。

kara 13

骨董の類というのは、いろんな楽しみ方があると思うのですが
私の場合、皿一枚を顕微鏡に置いて、その背後にある歴史の中の
社会や文化、あるいは政治などをのぞき、あれこれ思いをめぐらすのが
骨董の醍醐味のようです。

幕末の頃、肥前磁器の鍋島に次ぐ二番手達が
あれこれ戦略を練りながら、オランダとイギリスの
市場でしのぎを削ったのが目に浮かびます。

やっぱり私は、一流の一番手よりも二番手に心惹かれます 


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二年ぶりの再会 (平戸・染付雲竜文船形花器) 

早いもので、7月ももう半ばを過ぎました。

2年前の今頃は東海岸から中西部に引っ越して、不貞腐れていましたっけ。
骨董のコレクションの殆どはダンボールに入ったままで、
一体次回この箱を開けるのはいつだろうか?などと思ったものでした。

あれから2年。今月始めにやっと南カリフォルニアに住み着くべく
ダンナ様様(←二つつけちゃる!)が家を購入。ヾ(o´∀`o)ノ

東海岸とカリフォルニアでは地価が三倍くらい跳ね上がりますが
一回カリフォルニアに住むと、他の土地に住むなんてもう無理!
・・・・と太っ腹のダンナはカリフォルニア定住を決意。

ヾ(・∀・)ノ ヤッタネ!

というわけで、この夏は里帰りもせず引越しの準備に勤しんでおりました。
引越しした後は、さっそくダンボール箱を開ける、開ける。
二年ぶりの再会に心躍ります。

「お~!元気だった~?」と思わず声をかけたのはこちら。

染付雲竜文船形花器です。

dragon boat 1

正面見込みだけでなく、両側面にも雲竜文が描かれています。

dragon boat 2

まずは秀逸な絵付けをご覧あれ~!
dragon boat 3

近影。
dragon boat 4

さらにズームイン!
dragon boat 7

素晴らしい絵付けです。
雲竜文はいろいろみましたが、この絵付けはかなり
上手ではないかと思います。

数年前、有田や旧鍋島藩窯の大河内山で亀山風丁子風炉についての
ヒアリングをしました。その時、色鍋島で有名な某窯のご主人と
話をしたのですが、その方はこの雲竜の絵付けをみて
「ほぉ!これは素晴らしい絵付けですね。こんな絵付けは今では
もうできないですよ。素晴らしい平戸焼ですね。大切にしてください。」
とおっしゃいました。

実はこの花器(生け花用だと思います)、最初から平戸焼という
触れ込みでした。平戸かどうか確信がもてなかったのですが、
絵付けが気に入ったので、結局高かったにもかかわらず購入。
でも当初から、「平戸か??」と疑っていました。

正直のところ、「有田じゃないの?」と思っていたので、
その旨を鍋島窯のご主人に訊ねると、
「いや~、有田にしては上品すぎるでしょう・・・
これだけの絵付けは御用窯の平戸か鍋島くらいにしかできないでしょう。
でも、鍋島じゃないもんねぇ・・・・染付の上手は平戸だと思いますよ」
とのこと。

dragon boat 8

うう~む。
18世紀後半には、有田はこの手の舟形皿を造っておりました。
柴田コレクションにも舟形のものは古いのから18世紀後半のものまであります。
たしかに有田と比べると、絵付けが上手すぎる気もします。

その足で、今度は九陶に駆け込みヒアリング。
たまたまその日館内にいらっしゃった学芸員さんをつかまえて聞いてみると
「実物をみていないので、はっきりとは言えない」と前置きしつつ・・・
「平戸でしょうかねぇ?」ということでした。
突撃聞き込みにも嫌な顔をせず、しかも九陶の透明ファイル(愛用中)まで
頂き、さらに「柴田コレクションにも船形皿がありますので、ご覧になっていかれては」と
教えていただきました。

dragon boat 9

その後、骨董屋さん、有田の有名なギャラリーのご主人
学芸員さんなどに聞きましたが、皆「平戸なんでないの?」とおっしゃいますので
若干疑問は残りますが、「平戸焼」ということにしておきましょう。

若干の疑問点はまず
呉須の発色、雲竜以外の絵付け、そして平戸らしからぬひねりのない造形です。
特に造形に関しては、「??」なんですよね。

私はこれ以外に明治時代の平戸焼の船形花器を持っています。
実は平戸焼の船形器というのは意外と海外では珍しくなく
通常、花器か屋形船(屋根を取り外せる)の香炉が一般的です。

でも、これだと造形よりも絵付けにこだわった、という感じなんですよねぇ。
18世紀後半のものであれば輸出用ではないのですが、
そうすると、御用窯の平戸焼の持つ上品な白磁でもなければ薄めの呉須を使ったわけでもないし・・・

dragon boat 12

疑問は残るところですが、まぁ学芸員さんたちが「平戸」というので
「平戸焼」ということにしておきましょう。
そのうち、長崎の平戸焼スペシャリストの先生にでもお話を伺ってみたいと思います。

dragon boat 11

まぁ、平戸であれ有田であれ、船形器の中でも上手には間違いないと思います。

dragon boat 13

側面。
龍の爪は4本。
皇帝の龍ではありません。
ちゃんと中国に敬意を払っております。

dragon boat 14

四爪の龍というと、思い出すことがあります。

東海岸にいた頃、随分と美術館に通いました。
名門美術館は東アジア美術となると、たいてい
中国美術と日本美術にかなりのスペースを使います。
中国と日本美術の大きなスペースの間にある
廊下のようなところに通常韓国・朝鮮美術品があるのですが
とある美術館で李氏朝鮮の宮廷で使われたという大きな染付花入れなどを
見たことがあります。
説明によると、「特別な祭事などの折に使われた」ということでした。
染付雲竜文だったのですが、正直「なんだかなぁ・・・・」と思ってしまいました。

その造形はかなり稚拙で、全体的に歪んでいますし、
染めつけの呉須の発色のお粗末なこと。
同時代に日本や中国で作られたものとは雲泥の差でした。

そして極めつけは龍の絵付け。
当然李氏朝鮮は明や清帝国を宗主国と仰ぎますので
龍の爪は4本。この龍の絵付けの下手なこと。
開いた口がふさがらない、というのはあの時の
私のマヌケ顔のことでしょう( ̄^ ̄)ゞ

中華帝国が偉大すぎて、己が文化に磨きをかけなかったことが
ありありです。

なるほど、400年前に日本に磁器の技術をもたらしたのが
朝鮮人陶工だったことはまぎれもない事実ですが
その伝わった技術をわずか数十年で本家中国にひけをとらぬ
磁器に育てたのは、やはり日本人陶工達の努力だったと思います。

この雲竜文を見るとき、ついあの時の李氏朝鮮の宮廷に
飾られていた花器を思い出します。

dragon boat 15

さて今年は、日本磁器誕生400年記念の年です。
朝鮮人陶工がもたらし、日本人陶工が中国磁器に追いつき
追い越すべくその技術に磨きをかけ完成させた華麗なる
肥前磁器の歴史と伝統について、古伊万里・平戸ファンの皆様、
今一度思いを馳せてはいかがでしょう・・・?


(おまけ)

こちらも久しぶりの再会。
数年前、湯布院の某行き着け骨董屋さんで
購入したステンドグラス。
長崎諫早市近郊にお住まいの方の作品で
Ken's International というスタジオの作品です。

A1.jpg

ダンナが見つけて、早速購入。8000円くらいだったのを
割り引いてもらいました。

それからしばらくして、グラバー園界隈を、角煮まんをほお張りながら
ぶらついておりますと、グラバー園に続く坂道のガラス細工専門店に
なんとこの作家の作品が!

「おお~、こんな小さいのに結構高いね。あれは
お得だったんだなぁ・・・」とニンマリするダンナ。

さらにその後、またまた大村空港内を
角煮まんをほおばりながらブラブラしていると
空港内の売店にも、この作家の作品が。

・・・そして、またもやニンマリするダンナ・・・

A2.jpg

モチーフは、長崎の隠れキリシタンの受難だと
思われます。

聖書の中でも最も有名な一節のひとつである
「一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままである
しかし死ねば多くの実を結ぶ」を表しているのではないかと
思います。

A3.jpg

そんなことには興味なしのダンナ。
アメリカの狂信的キリスト教に辟易しておりますが
長崎のキリシタンの物語には大いに理解を示す人でもあります。

ありがたや・・・(。>ω<。)ノ

これを見ながら、長崎に思いを馳せるのでありました。

次回は幕末の有田の名品を紹介します。

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Category: 平戸焼

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