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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

長崎グルメ(?)紀行 

本日、カリフォルニア州某市で、なんと偶然にも佐世保陸・海上自衛隊の方と
お会いしました。

異国で故郷の人と会えるのは嬉しいことですね。
その日出会ったもう一人の在米日本人の方も、行方のわからなくなったご家族の
お墓を探しに、なんと偶然にもこの夏長崎まで赴いたのだそうです。
結局、探していたご家族の終の棲みかは、現在長崎港を見渡す水辺の森公園という
土地開発のため埋め立てられ、正確な住所をみつけることは叶わなかったそうです。

突然ローカル話で盛り上がり、なんだか突然見知らぬ土地で知り合いに
出会ったような奇妙な(?)一日でした。

ローカル、といえば、この夏は大いに九州の夏を満喫しました。
なつかしいついでに、今回はちょっとしたグルメ紀行を長崎限定で紹介しましょう。

まず長崎といえば、トルコライスですね~。
骨董が置いてある、という噂を聞いて、長崎歴史文化博物館へいくかたがた
喫茶・銅八銭へ・・・

写真はイマイチですが、なかなかおいしかったです。
でも、観光客に人気なので、お値段も割高・・・かな・・?
店内には、古伊万里・亀山焼などが置いてありました。
ちなみにここは、「ペコロスの母に会いにゆく」のロケ地でもあります。

food 1

長崎らしい街並みです。
桜町近辺。

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花火大会(15年ぶり!)へ行く途中、トルコライスを食べにツル茶んへ・・・
あいにく観光客で一杯だったので、仕方なく(?)ニッキーアースティンへ・・・
トルコライスの種類が多いので選ぶのが大変です。
味はまぁまぁでした。

さて、次の日は相方のリクエストに応えて、はるばる平戸・生月島まで・・・
なんでも、サムライちゃんぷるーを読んでたら生月の隠れキリシタンの話が出てきたので
行ってみたいとのこと。

生月ねぇ~。
まぁ、一生に一度行っておくか、というわけでドライブすることに。

まず、平戸へ渡る直前の田平の平戸瀬戸市場でランチ。
イカ天丼、プリプリです。

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相方は海鮮丼。
新鮮で安い~!
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デッキから、平戸大橋が見えます。

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 「平戸は日本の公園である」

山頭火が平戸で詠んだ俳句です。

平戸市内はこじんまりしていますが、歴史がある街ですので
歴史に興味がある人には面白いと思います。
鄭成功の誕生地。
三浦按針が亡くなった土地でもあります。

平戸からさらに40分田舎道をドライブ。
やっと生月へ。
もうここまで来ると、「秘境!」という感じですが
なんといいますか、野趣あふれる美しい島でしたよ。

塩俵の断崖。

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生月大橋。

平戸大橋よりも迫力があります。

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平戸から帰る途中、田平天主堂へ。
来年度世界遺産登録をめざすという長崎の教会群とキリスト教関連遺産の中でも
目玉の一つです。

明治時代、寺院などを手がけた大工の棟梁であった鉄川与助が立てた教会の一つです。
イギリス、ドイツなどの技術を取り込んだ、まさに多文化主義を象徴するような
美しい教会です。

この日は、たまたまポーランドから神父様がお見えになりミサをされたそうです。
長崎は聖者であるマキシミリアン・コルベ神父ゆかりの地ですので
ポーランドからキリスト教関係者が来崎するのは道理ですね。
(コルベ神父については、遠藤周作の「女の一生2」にくわしく書いてあります。)


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キリシタン墓地。

田平天主堂、雰囲気がありとても良いですね。
平戸・あるいは佐世保まで行かれる方、お薦めですよ。

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佐世保では、もちろんお約束の蜂の家で食事。

新装したようですね。

長崎カレーとして銀座などに出店しているカレーですが
佐世保では誰もが知っているおなじみのなつかしカレーです。

海老フライカレー。
たまりませんねぇ~。

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相方は、「海軍さんのビーフシチュー」
横須賀などにもあるそうですが、佐世保もれっきとした海軍さんの街なのです。

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デザートは、忘れちゃいけない、「蜂の家のシュークリーム」。
この巨大なシュークリームにスカッチソースをかけて食べると美味です。
懐かしい味です。

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最後は、佐世保・平戸焼の窯元が集まる三川内へ。

入り口に登り窯風の門が・・・

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平戸焼の骨董をたくさん置いているという「さるのあしあと」を訪れました。
生憎この日は週末で、オーナーの方は不在。
写真だけ撮らせてもらいました。

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平戸焼の骨董がたくさん置いてありましたよ。
今回見ただけでしたが、次回はぜひ買い物もしたいですね~。

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長崎はよかですなぁ~。

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Category: 旅行記

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ガラクタ収集 ~三彩唐獅子 ~ 

今日は珍品の紹介をします。
高級平戸磁器などを期待していた方、以下長文ですので
ガラクタに興味のない方はご遠慮ください。

さて、数ヶ月前購入したガラクタ、いや、学術的興味をそそる珍品をまず披露しましょう。
こちらです。

三彩の唐獅子。

sancai 1

これを見て、「あ、中国産のガラクタか。じゃ、もういいや~」と思った方、しばし待たれぃ~!

おっしゃることはごもっともですが、この唐獅子に見覚えはありませんでしょうか?

そうです!以前紹介したアレですよ!

ほら。これです。

sancai 2

以前紹介した平戸焼の唐獅子によく似ていると思いませんか?
この平戸唐獅子は、江戸後期から明治にかけて
ヨーロッパ、特にイギリス向けに輸出された所謂輸出平戸というやつです。

まさかと思い、並べてみるとご覧のとおり。
大きさがほぼ同じ。

外見だけが似ているのでしょうか。

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はかりにかけて重さを見ると・・・・

平戸染付唐獅子、209グラム。

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三彩唐獅子、204グラム。

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どちらも中は空洞で、モルド(鋳型)で造られています。
ちなみに振ってみる、どちらもかすかな音がします。

ためしにスプーンケースを置いてみると・・・

おお! 高さもほぼ同じです!

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横から見てみます。

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今度は後ろから。

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さらに横から。

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正面顔。
細部を見てみると・・・

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鼻の形がアシンメトリーなところ、眉、髯の位置・形もほぼ同じ。

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裏。

素地は同じではないようです。

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さて、この唐獅子、一体何者でしょう?

今回夏の里帰りの折に、学芸員さんや骨董商の方などにいろいろとご意見を伺いました。

大体、皆さんの最初の反応は、「中国製の唐獅子」とのことでした。
ちなみに、この唐獅子を取り扱ったオランダの骨董屋も中国物を思っていたようです。

しかし中国の古陶磁に詳しい方はご存知でしょうが、中国の唐獅子はそもそも
このような顔をしておりません。

唐獅子、というからには唐ものの獅子なのですが、日本の唐獅子は
中国や東南アジアのものとはおよそ似つかぬ外見をしています。
日本化した唐獅子、といったほうが正しいのかもしれません。

しかも、唐獅子の置物に限って言うと、鍋島、有田、九谷、平戸の唐獅子は
それぞれ異なった特徴をもっています。強いていえば、鍋島と平戸の唐獅子は
似ていなくもないのですが、平戸の唐獅子は細部が独特のつくりになっています。

この唐獅子は、平戸の唐獅子を似せてつくった三彩ものであると思います。

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もう少し観察してみます。

この唐獅子が妙なのは、形は平戸の唐獅子であるのに、それ以外は
中国の三彩唐獅子の特徴を捉えているところです。

中国の三彩といえば、唐三彩が有名ですね。
でも、中国では唐だけでなくそれ以外の時代にも三彩は多く造られました。
三彩は、英語圏ではSpinach & Egg (ほうれんそうと卵)と言います。
色合いがグリーン(翡翠色)と黄色なのでこのような名前がついたようですが、
もともとは、中国の皇帝の印である翡翠を好んで、陶磁器の世界でもこのような色彩が
もてはやされたようでした。

その中国人が好きな三彩は、清や中華帝国(袁世凱)の時代にも造られたのだそうですが
この17世紀~20世紀に造られた唐獅子の中に、この唐獅子と特徴が似たものがあります。

中国の唐獅子の場合、全体がグリーン、毛の部分が黄色、
そして背中の一部が茶色となっています。

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背中。

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尻尾。

ちなみに、この尻尾の形は平戸の唐獅子独特のものです。

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比較してみましょう。

平戸で大量生産された輸出唐獅子の尻尾は例外なくこのようになっています。
モルドで獅子の型を取りますが、その原型に渦巻状の毛を貼り付けています。

平戸の場合はこのように芸が細かいのですが、こちらの三彩はそのような手の込んだことはしていません。
モルドを造る時に、既にこの渦巻状の模様を入れています。

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頭の後ろの部分。
平戸の場合、この部分は模様がきちんと貼り付けてあります。
優れた細工物をつくる平戸ならではですね。

こちらの三彩は、そのような貼り付けたような細工はしていません。

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頭部。
うすいラインが見えます。

モルドを取る時に、二つの型を前部と背部に分けて取ったようです。
平戸にはこのようなモルドのあとは見当たりません。

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この二つの唐獅子を比較して、意見をくださった皆さん、

「この唐獅子は、平戸を真似て造ったものである」(つまり平戸のほうがオリジナル)という
ことで意見は一致しました。

そうでしょう。
しかし、誰が造ったのでしょう?
それが問題なのです。

果たしてこれは中国物なのでしょうか?

私個人の意見ですが、これは中国の物ではないと思います。
というのは、これがもし平戸唐獅子を真似て造られた三彩唐獅子だった場合、
どうして中国人が平戸をまねたものを三彩で作る必要があるのでしょう?

三彩は中国が本場です。
唐物の三彩唐獅子のコピーを中国で作ることがあっても、
日本風の平戸唐獅子の三彩を一体誰が欲しがるでしょうか?
おかしな話です。

日本で骨董の話をすると、みんな中国製をまず疑うのですが
私がいつも腑に落ちない、と思うのはこれなんです。

だれがなんのために作ったか?というシンプルな疑問。

三彩が唐物と疑うのも良いですが、そこにはある程度
理にかなった仮説が必要なのではないでしょうか。

中国製の古伊万里や鍋島のコピーがあるのはよくわかります。
それは骨董市場において象徴的な価値があるので、贋作を造る意味があるわけです。

でも、日本製の三彩そのものがまず国際骨董市場に置いて
知られていません。そして当然象徴的価値というものは伴っていません。

肥前骨董の世界を考える時に、磁器として三彩を造ったものに長与三彩というものが
あります。歴史は17世紀に遡りますので一応それなりに古いのですが、経営が行き詰まることが多く、
結果既存している数が非常に少なく、幻のやきものと言われています。
長崎の亀山焼も幻といわれますが、長与に比べるとぜんぜん幻ではありません。
長崎の骨董屋に行くとたいてい一つ、二つ置いています。
しかし、長与三彩をみかけることはなかなかありません。まさに幻のやきものですね。

さて、仮にこの幻の焼物、長与焼の贋作を造って金儲けをしようとする人たちがいるとします。
そういう人たちは、たぶんまちがってもこういう細工物の三彩を造ろうとはしないと思います。
というのも、長与三彩は細工物の例がまだ見つかっていないからです。
博物館、美術館、あるいは個人が所蔵している長与三彩はいたってシンプルな形のものが多く、
置物系はまず見当たりません。
ひとくちに長与三彩といっても、時代によって特徴があるようで、18世紀後半に造られたものは三彩、
19世紀に造られたものには、三彩のほか染付などもあったそうです。
いずれにしても、細工物はありません。

このような状況を考えると、「三彩は中国ものだ」というのは容易い答えですが、
「なぜ造られたのか」という説明ができないわけです。
つまり、仮説として成り立ちません。

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あくまで理論上の仮説ですが、私はこれはおそらく

(1)大村藩が平戸藩と協力してつくった長与三彩

あるいは

(2)平戸藩が大村藩の長与三彩の職人の協力を得てつくった平戸三彩

ではないかと思います。

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個人的には、たぶん(1)かなぁ、というのが本音です。

幕末の肥前陶磁器というものがラビリンスのようだとあちこちで描きました。

有田の蔵春亭や田代商会の信甫が他藩である三川内に発注した卵殻手などに
色をつけて輸出したのは国外で平戸を集めるコレクターには常識です。
また、初期の輸出亀山焼の誕生に平戸や塩田(嬉野)、有田が関わったのはイギリスの学術誌に書かれています。
そのうち紹介したいと思いますが、有田X亀山の関係を証明する骨董品もいくつか所持しています。

このような一見滅茶苦茶に見える幕末肥前磁器の状況も、
当時の長崎の貿易をめぐる経済的、政治的な状況をみると
そうおかしなことではありません。

鍋島、平戸藩は長崎近郊を警護していた見返りに、長崎経由でヨーロッパに
磁器を輸出し外貨をかせぐ利益を得ていました。その状況をみた長崎奉行が
てこ入りで亀山焼きを輸出しようとしたのも道理です。その亀山窯を開くさい、
有田・平戸が関わっていたと言うのはまったく理にかないます。

江戸後期には、大村藩と平戸藩は学問や文化の面で
非常に強いつながりがありました。大村藩最後の藩主、大村 純熈は
平戸と同盟を結んでいただけでなく、長崎総奉行としての役職にもついていたわけです。
早い話、大村藩は、日本のその後を決めた幕末の長崎における政治の中心にいたわけです。

長崎貿易の元締めである奉行の頂点に立っていた大村藩がどうして
輸出磁器の利益を指をくわえて見ていたというのでしょう?

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このような長崎の貿易を絡めた政治状況を鑑みると、Soam Jenynsの長崎のやきものに関する記述が
すんなりと理解できるような気がします。

19世紀のオランダの染付磁器のほとんどは、亀山、塩田、長与だった、というあの記述。

はじめて読んだ時は目を疑ったものでしたが、今は納得できるような気がします。

長崎湾岸警護をしながら輸出利益をあげた平戸藩と同盟を組むことで
輸出磁器の手助けを求めた末、輸出物で人気のあった平戸細工物を真似た
鋳型をつくって大村藩の窯で焼いた、というのは理にかなった仮説のように思えます。

あくまで空想の粋を出ませんが、このように説明してみると、
一応学芸員さんたちも、「今までは三彩は中国製と思っていましたが
そういう幕末の肥前の政治状況と磁器のハイブリッドな性質を考えると
これが日本製という可能性もありえますね。」と言ってくださいました。
でも、「生産地まではわからない」とのことです。

私の与太話に付き合ってくださった学芸員さん、ありがとうございました~。

さて・・・

ヨーロッパの王侯貴族は、中国からの輸出物として三彩唐獅子を
所持していたようですが、三彩そのものはヨーロッパではそう流行りませんでした。

これもサンプルとして造ったものの、あんまり売れなくて骨董屋に
唐物として流れてきたのかもしれませんね。

まぁ、いろいろと仮説をたてましたが、これが美術的な価値があまりない
ガラクタというのはまちがいなさそうですね・・・

これを見た某骨董屋のおばちゃん

「あら!(平戸をみて)これはよかねぇ~。(三彩をみて)これはねぇ~、いやらしかねぇ~
唐もんかなんかしらんけど、下品で妙に古びてみせていやらしか!」とのこと。

わが母も・・・「(平戸をみて)これはよかねぇ~。品があるねぇ。気品のある!それに比べて
こっち(三彩)はだめやねぇ~。人を感動させるものがなかねぇ~」

素人目にも、玄人目にも感動させるものがない、可哀想な三彩唐獅子。
ヨーロッパは肥前骨董収集家にとっては宝の山ですが、
さすがにこういう三彩はこれ以外には見かけません。
売れなかったのね・・・・

(余談ですが、この三彩唐獅子を売っていたオランダの骨董屋
他にも有田X亀山ものを二種類売っていました。この話はまた後日)

さて・・・・もうひとつ・・・

(2)の可能性についてですが、これはオランダから平戸へ三彩の唐獅子の注文が
あった場合、平戸が大村藩の手助けを得て三彩を造ったと言う可能性がありますが
こちらは、そのような注文を受けた文書でも発見しない限りなんともいえません。

現在、平戸・三川内の嘉助窯が平戸三彩を造っているという話を聞き、
窯元の方に三彩についてお話を伺おうと三川内へ行きましたが、
生憎その日はお店は閉まっておりました。
残念。

ちなみに我が家にもこの窯で造られた三彩の置物がありますが
発色がこの唐獅子とは異なり、鮮やかなグリーンです。
この唐獅子、どうやら現在の平戸三彩のものでもないようですね。

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最後に・・・

オランダやイギリスには、こういった「変な肥前磁器のガラクタ」がたくさんあります。

誰になんと言われようとも、幕末肥前陶磁器の謎を解くべく(?)私のガラクタ収集は止まりませぬ(笑)。

もし、この唐獅子についてご意見・ご感想・新たな仮説(!)等がございましたら、ぜひお知らせください。


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Category: その他

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明治香蘭社 ノワール・シュガーポット 

最近ネットを見ていたら、東京の三井記念美術館で
「デミタス・コスモス」という特別展示があったそうです。

以前にも紹介したとおり、私も明治時代のデミタスをいくつか持っていますが、特に気に入っているのが
香蘭社の黒地卵殻手のものです。

明治香蘭社のノワールシリーズ、とっても良いですね。
残念ながら、欲しいと思いつつ、どうしても他に目移りがして
ついついコレクションを怠っています。
欲しいものリストの下のほうにあるオールド香蘭社のノワールシリーズですが、
骨董屋で見かけるとつい買ってしまいます。

珍しいと思い、一昨年購入したのがこれ。

明治・香蘭社のオヴァルの蓋物。
結構重いので、シュガーポットではないかと思います。

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サイズも大きく、縦10センチX横20センチくらいです。
最初は宝石箱にして指輪を入れたりしていましたが、重いので出し入れが大変。

やっぱり、宝石箱ではなさそうです・・・

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香蘭社のノワールを国内向けであまり見かけないのは、これが主にヨーロッパなどに
輸出されたいわゆる明治輸出ものだったからではないでしょうか。

そもそもノワールは、もとは中国ものがオリジナルです。
チャイナのノワールは、ヨーロッパの王侯貴族に愛されましたので
そのコピー(!)といったら失礼ですが、まぁ、チャイナ風なものを
有田が生産してグローバルマーケットに輸出しようとしたのは当然のことでした。

現在、香蘭社では復刻版がでていますが、その値段の高いこと!
ほしくても絶対買えそうにありません。

なので、ノワールが欲しい場合はオリジナルの明治版を集めます。
骨董のほうが断然安くて、しかも全て手描きなので
私にとっては一石二鳥。

koransha sp 3

さてこのシュガーポットの蓋、なかなか絵付けが凝っています。
黒地に色絵の牡丹唐草模様でしょうか?

上部には、扇子と団扇の窓絵(香蘭社はこの扇子と団扇のセットが好きですね~)に
梅の花と鳥の図、もう一つには山水画。
前者の絵付けですが、以前紹介した肥蝶山信甫の色絵水注の絵付けとよく似ているように思います。
肥前の輸出用にはこのようなことはよく見られます。

全てが手描きだった時代に、そんなにたくさんよい絵付師がいたとは
思えませんので、こんな風に絵付けが似ていたり、かぶったりするのは
肥前陶磁器の世界ではよくあることです。

koransha sp 4

水墨画風。

koransha sp 5

チャイナのノワールによく見られる絵付けですね。
花鳥文。
繊細な絵付けが、塗りこんだ黒地に映えます。

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中。
やっぱりシュガーポットっぽい。

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裏は、明治・香蘭社の銘。
朱色で書かれています。
この飾り皿とおそらく同時代でしょう。

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ひっくり返して細部を見ると、結構雑な部分も目立ちます。

でも、ノワールのように手が込んだものを、すべて手描きで大量に
輸出していたと思うと、昔の職人さんたちすごかったんだなぁ、と感心したりして。

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復刻版のノワールは、色がはみ出すこともなくパーフェクトな仕上がりですが、
その完璧な美しさが人工的に見えてしまいます。

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こんなシュガーポットを使っていたイギリス人。
なかなか趣味がいいですなぁ。

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1990年代に、外国の磁器がとても流行りましたね。
ウェッジウッドのカップなんて、一客で5000円くらいしましたっけ。
また、最近の高級志向・ハイエンド好みの女性誌などをみると、
エルメスのカップなどがいかにも趣味の良いもののように紹介されています。

こういうのを見ると、「そんなものかねぇ~?」と正直思います。
ウェッジウッドはともかく、エルメスなどはもともと馬具を作る会社であり
磁器専門ではありません。

エルメスを非難するつもりはないのですが、こういう雑誌は
欧米のブランド名だけにこだわらず、日本製のよいものも
ちゃんと紹介して欲しいと思います。

日本製の優秀なものは、時代を問わず欧米では高い評価をされ愛されてきました。
海外に住むと、日本の美がいかに世界を魅了しているのかよくわかります。
こういう美しさをもっと国内にも知らしめて欲しいですね~。

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Category: オールド香蘭社

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