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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

想い出の東海岸 ~B級グルメな日々~ 

7月も後半に入り、こちら中西部では夏なんだか秋なんだか
よくわからない天気が続いています。

さて、ただ今財政破綻した街の楽しみ方をいろいろと探索中。
こちらでは中東料理がおいしいので毎週食べ歩いていたら
ついに胃がパンクしてしまいました。

あ~、やっぱり東海岸が懐かしいなぁ。
私が以前住んでいた街はアメリカでもグルメな街として
知られていました。
といっても、私はそれ以前にもっとグルメな西海岸の街に
住んでいましたので、そこの食文化に比べると
東海岸のこの街のグルメ料理はB級かな、と思っていました。

ここで、アメリカの料理なんてみんなB級じゃないの?と思われた方も
いるかもしれませんね。
日本の料理に比べるとそう見えるかもしれませんが
アメリカ人の中にも味にこだわる人はいますので
これでなかなか馬鹿にできないものがあるのですよ・・・

さて、住めば都、とは言ったもので
東海岸にいた頃はそんなB級グルメを大いに楽しみました。
よく暇をみつけてはブランチやランチを食べに行きましたっけ。

昨今は、日本でもアメリカのブランチが人気だそうですね。
私の住んでいた街にもおいしいブランチの店がいくつもあり
週末ともなると、1時間待ちというのはざらでした。

特に好きだったお店でよく食べたのはエッグベネディクト。
これです。

breakfast 1

イングリッシュマフィンの上に、焼いたカナディアンベーコン
(といっても日本で見かける丸い厚めのハム)と
さらにその上にエッグベネディクトにオランデーズをのせた物です。
サイドには健康に気をつけて(笑)フルーツをもらいましたが、普通のアメリカ人は
フルーツではなくローズマリーなどのハーブで炒めたポテトをつけてもらいます。
カロリーどんだけ高いんでしょうね。
考えないようにしていましたけどね・・・
値段はこれで11ドルくらいです。
これに2ドルのコーヒー(飲み放題)をつけるのが定番です。

こちらは、ワッフルとフライドチキンのプレート。

brunch 1

相方の話では、この組み合わせは南部料理なのだそうです。

そういえば何年か前に、学会で南部の某都市に行った時
友達と名物のフライドチキンを食べに行きましたっけ・・・
黒人のお客が多かったので、味もさすが!でした。

私はフライドチキンはそんなに好物ではないのですが
これは組み合わせの妙、というか、ちょっと甘いワッフルと塩味のきいた
ワッフルの組み合わせにオランデーズソースをかけると
"Savory!"

ところで、この"Savory!"という表現ですが、
よく使うわりにその和訳を知らなかったので、
改めて調べてみることに。
日本語訳だと、食欲をそそる、とか風味のある、とかになるのだそうです。

使っている方からすると、こういう和訳はなんかピンときません。

学校の教科書とかで習うと、"Tasty"とか表現するのでしょうけど
こういう複雑にからみあった味を表現する時は
"Savory"となるんだとか習うと、五感で言語を習得できると
思うのですけどねぇ・・・・余計なお世話かな。

ちなみに向こう側の皿は、相方の注文したもので
自家製コーンビーフとザワークラウトのサンドイッチ。
美味なのですが、コーンドビーフが厚すぎて
とても全部食べるのは無理。

そして、そしてしばらくハマッって三日おきに食べに通ったのが
ニューオーリンズ名物のガンボ。
東海岸の名物ではありませんが、この店は、
ニューオーリンズの出身者が太鼓判を押すお店なのです。

東海岸にいながらガンボが食べられるとは、素晴らしすぎます。

gumbo 1

ニューオーリンズは言わずと知れたフランスの植民地でした。
そのため、南部にある割に(失礼)、食文化のレベルが妙に高いのです。

2年ほど前に、相方の学会でニューオーリンズに行ったのですが
とあるグルメストリートで食べたケーキは
はっきり言って日本のレベルでした。
こんなレベルの高いデザートを食べれる店はNYにも
あまりないと思います。

おそるべし。ニューオーリンズ。

そのニューオーリンズ名物のガンボは
表現するのが難しいのですが、スープストックに
野菜や肉類を入れてルーを加えて料理したもので
ご飯にかけて食べます。
こう書くとカレーに似ているように思えますが
これはケイジャン料理なのでスパイスの使い方が
インド料理と異なります。

このお店はちゃんとワニ(ゲイター)の肉のソーセージを使っています。
やっぱりガンボにあうのはゲイターソーセージですね。
脂肪が多くてスパイスのきいた料理によく合います。

私の場合は、邪道と言われようとも
このガンボに付けあわせて食べるのが、Mac and Cheeseです。

gumbo 2

私は基本Mac'n Cheese は食べません。
マカロニのチーズソースって・・・・それって栄養学の観点から言って・・・(絶句)
と常々思っているのですが・・・・

これがなぁ・・・・なんなんでしょうねぇ・・・・

この変な代物を丸めてパン粉をつけて揚げるとおいしいのですよ・・・
外はカリカリ、中はしっとりチーズ味のマカロニ・・・・

これぞB級グルメですね。

引っ越してきてつらいのは、このガンボが食べられないことです。
ガンボが食べたいので、ネットで探してみると

あるではないですか・・・
この街にも昔から続くというケイジャン料理の店が・・・

ネットの写真をみた相方は・・・

”??? これガンボ?ちがうんじゃないの?”

私も、ちょっと変だと思ったのですが
まぁ、写真写りが悪いのだろう、と思うことにしました。

それから数日後、治安が悪いのもなんのその、早速嬉々として行ってみました。



買って食べたところ・・・・・

gumbo D

ん?

んんんんんん?????

これは・・・・


これは・・・・・・

こんなのはガンボじゃねぇ~!!!!


やっぱりこの街でおいしいガンボを食べたいというのは
間違いだったのかも・・・・

というか、そもそもそんなにガンボが好きなら
ニューオーリンズに住めばいいんですけどね・・・

おいしいガンボは暫くお預けにして、こちらでなにか
おいしいものを探すことにしましょう・・・・・・


次回は幕末の深川栄左衛門窯のものを紹介します。


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でも今日の記事は骨董とは関係ないですね・・・

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菊と桐 ~平戸焼菊花透彫染付鶴桐波千鳥紋燈籠~ 

今年の夏は、あろうことか中西部で過ごす羽目になりましたが
昨年は非常に楽しい夏休みを過ごしました。

有田・伊万里・唐津などを訪れて器めぐりをして周りましたし、
かの地の美味しいものを食べ歩きました。

佐賀、と聞くと、地味な感じがしますね。
華やかな福岡・博多や観光地・長崎、温泉天国の大分などと比べると
確かに地味といえば地味なのですが、一流の食材が手に入る
隠れたグルメ王国だと思います。

昨年の旅行記で、伊万里の旧鍋島藩窯・大川内山を訪れたこと
書きました。
日本一と名高い伊万里牛や、呼子ではイカを堪能しましたっけ。

もちろん食べ歩いただけでなく、もう一つの目的は
手持ちの骨董について調べまわっていたわけですが、
今日はそれにまつわる話を一つ。

一年半ほど前、イギリスの骨董商から平戸焼(らしき)磁器の燈籠を購入しました。

これです。

hirado lantern 1

珍しいのでついつい買ってしまったわけですが、その後いろいろ調べても
似たようなものは見つかりません。
強いて言えば、有田の陶祖神社に大きな磁器の燈籠がありますが
そちらはもちろん本物の燈籠です。
私の燈籠のように飾り物ではありません。

また古平戸のコレクションに、これよりももっと凝った細工を施した
燈籠がありますが、それと比べると私のものは
平戸!といえるほど、細工が素晴らしいわけでもありません。

昨年の夏、有田に出向き、香蘭社と深川製磁本店を見て周ったあと
近くの土産物屋に入りました。
このお店は器などのほかに
和の小物などを売っている店なのですが、取り立てて見るものも
ないと思われた店頭に意外なものが飾られていました・・・・

なんとそこには、私が購入したものとよく似た磁器の染付灯篭が・・・。

ビックリして店主に尋ねると、以前大川内山にある
色鍋島で有名な窯元の店から購入した、とのこと。
なるほど、底を見るとよく知られた窯元銘が書かれてあります。

hirado lantern 3

早速数日後、伊万里の風鈴祭りへ行くかたがた大川内山へ・・・
そこで例の窯元さんのお店を発見。失礼とは思ったのですが
ダメモトで聞いてみようと、飛び込んでみました。

I pad に入れてある画像を見せると、お店の人はビックリして
”なんか、こういうの昔造っていましたよね~”とのこと。

早速、伊万里市内の自宅にいらっしゃるという社長さんを携帯で
呼び出してくださいました。

ちょっと情報がわかればいいな、と思って訊ねただけだったので
申し訳ないやら、あせるやら・・・・

5分くらいして、社長さんが車を飛ばして来てくださいました。
幸運にもお話がきけることに・・・

hirado lantern 4

社長さんが仰るには、燈籠は社長さんのお父さんである
先代の時に販売されたもので
どうやら有田などが昔造っていたものに倣ったものだそうです。

社長さん曰く、

”しかし、これは有田ではなく平戸のようですねぇ~”。

色鍋島の伝統を受け継ぐ窯元の社長さんなので、
職人ではないにしても、いろんな器や美術工芸品は
鍋島と言わず有田といわず熱心に勉強されるそうですが
この手の燈籠は平戸焼の細工物で見かける、というようなことを
仰っていました。

さすが、よくご存知でいらっしゃいます。

また、その造形だけでなく、白磁の色や質感、染付の呉須の色、
蹟の具合から平戸焼だと思われたようです。

骨董商からの説明とも合っていたので、まぁひとまず安心。
イギリスの骨董商から手に入れたものだと話すと驚いていました。

hirado lantern 5

さて、この平戸焼の燈籠、裏がこのように開いておりますので、
キャンドルをいれてみたら、菊の花が浮かび上がる仕掛けになっていますが
以前紹介した丁子風炉と比べると、甚だ見劣りがします。

hirado lantern 6


hirado lantern 7

火袋を正面から見ると、透かし彫りの菊が。

火袋の側面には、五三の桐紋。

菊紋と桐紋の併用って意味があるのでしょうか。

hirado lantern 8

実はこの燈籠を手に入れた当初は、この菊紋が
皇室の物ではないか、と疑ってみたものでした。

皆さんご承知の通り、天皇家の菊は一六弁です。
私の燈籠の菊紋は十二弁。
何度数えても、四枚足りない!!!(←こればっか・・・)

桐紋は、これまた明治政府発足後の大日本帝国の時代より
日本政府の象徴として使われたものです。

さて、いろいろ調べていると面白い情報を見つけました。

明治神宮はかの明治天皇を祭った神社ですが、なんとこの神社は
授与品などに十二弁の菊紋と五三の桐紋を使うのだそうです。
天皇家ゆかりの神社でありながら、皇室にはちょっと遠慮をして
16でなく12花弁の菊の紋章を使うのだとか。

・・・ということは、これは明治神宮関連のもの?

しかしなのです・・・・

明治神宮が菊紋と桐紋を正式に自分達の紋として
使用することにしたのは昭和40年。

この燈籠はどうみても、幕末・明治初期のものです。
呉須の色合い、陶土の質感などからみても、質にこだわった平戸焼とは
思えぬ、有田などからの呉須やら陶土などを混ぜて造った
ハイブリッドな幕末・明治初期の平戸とよく似ています。

あくまで想像ですけど、この燈籠が出てきた場所を考えても
(イギリスの有名な大学都市です、ハイ)
おそらく明治時代に海を渡ってイギリスに行った政府関係者かなにかからの
贈答品だったのではないでしょうか。

(アメリカから出てきたものだと、占領時代に盗まれた!という憶測もありうるのですが
イギリスですからなぁ・・・・)

基礎には、波千鳥が。
繊細で写実的な描き方は平戸焼に良く見られます。

hirado lantern 9

竿には、また菊紋が。
しかしこちらの花弁は今度は16弁以上あるようです。

hirado lantern 10

これが平戸焼だと言われて納得がいく理由の一つに、
笠に描かれた写実的な鶴と雲の絵付けがあります。

幕末・明治時代に、西洋に高級磁器として出回った
平戸の精巧な細工物の燈籠に
同じように繊細に鶴が描かれているものがあります。
この絵付けの素晴らしさは平戸ならでは、なんですよねぇ。

hirado lantern 11

笠の絵付け、細工ともなかなかよく出来ています。

宝珠。

hirado lantern 12

側面。

hirado lantern 13

菊、桐、鶴となると、やっぱり記号論から考えて
皇室と何かゆかりがあるように思えるのですがねぇ。

hirado lantern 15

この燈籠、実は笠が火袋の部分から取れるようになっています。

この辺りの造形の確かさはやっぱり平戸ですね。

hirado lantern 16

本体の内部は空洞。

hirado lantern 17

この燈籠を最初に発見した相方は、この特異なシンボルの組み合わせに
すぐに気づきました。

”この菊紋って日本の天皇家に関係があるんじゃないの?この紋(桐)も
なんかよく見るよね。”

エ~、そうかなぁ?などと二の足を踏む私に、

”悩んでないで買えよ~、買ったほうがいいよ~!!!お国のために買うのだ~!!!”

しかし、相方の素性を考えると、明治天皇関係のものを欲しがるとも
ありがたがるとも思えなかったのですがねぇ・・・

このブログを書く際にいろいろ調べた結果、
明治神宮が12弁の菊紋と桐紋を
合わせて使っているらしいよ、と話すと、相方は大層喜んで、
”やっぱり明治時代の皇室か公的機関にまつわるものかもしれない”
と、この燈籠の謎について楽しい想像を膨らませているのでした。

どうなんでしょうかねぇ・・・・
明治天皇か明治政府にゆかりがあるものなのかなぁ・・・

そうだと嬉しいんですけどねぇ。

hirado lantern 2

みなさんはどう思いますか?


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Category: 平戸焼

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ホームシックの日々 ~葵紋 蒔絵 小箱~  

今日は唐突にも、華麗なるギャツビーという物語から。

フィッツジェラルドの名著、華麗なる(偉大なる)ギャツビーは、NYのロングアイランドに
突如現われた大富豪、ギャツビーにまつわる謎と愛の物語です。
昨今、ディカプリオがギャツビーを演じましたね。ケリー・マリガンのキャスト共々
俳優陣は結構良かったと思うのですが(個人的にはトビーマグワイヤではなく、イギリス俳優の
ジェームズ・マカヴォイを使って欲しかった・・・)、
監督がいかんせんバズ・ラーマンでしたので、映画の全体の仕上がりはヤッパリ

・・・・・・・

という感じでした。

スティーブ・マックイーンにでも撮らせたら面白かったかもしれませんね。

さて、この華麗なるギャツビーの物語には、こんなくだりがあります。
主人公のニック・キャラウェイは中西部の出身でしたが、東海岸の名門大学(イェール)へ進み
その後NYで働くことになり、その後ロングアイランドの富豪一族と交流を持ちます。

物語中、中西部出身の彼にとって癇に障るのが、この大富豪たちの東海岸出身者特有の
スノッブで傲慢な態度なのでした。

この物語を読みながら、当時の私は、”そんなに鼻につくもんかねぇ?”などと思っていました。

ところが・・・先週私はついに住みなれた東海岸(ちなみに東海岸というのは
DCより北を指します)を離れ、かの中西部へ人生で初めてやってきたのでした。

アメリカ独立・建国の歴史ある地からいきなり中西部、しかも破産都市宣言された街とは・・・
この街は、20世紀のアメリカの経済を支えた自動車産業の中心でした。
ここで始まった機械化の進んだ工場で大量生産される自動車が、アメリカをどれだけ豊かにしたことでしょう。

しかし・・・・しかし、なのです。
10年以上住み慣れた東海岸からやってきてみると、そこはやっぱり中西部。
ちょっと美術館にゴッホのひまわりを観にいって、お茶でもしよう、というわけにはいきません。

中西部の人には申し訳ないのですが、ギャツビーに出てくるスノッブな人たち同様
東海岸出身者には、中西部のライフスタイルはきびしいものがあります。
文明から離れてしまったようで、引越し一週間目にして、もう東海岸に帰りたい~!と
ホームシックになってしまいました。

ふぅ~。

今日はそんな東海岸の郷愁に浸るべく、蒔絵の小箱を引っ張り出してきました。

なぜこの葵紋の蒔絵が郷愁を誘うかといいますと、この箱、実はマサチューセッツから出てきた
お宝(←と勝手に思っているのですが)なのです。

aoi makie box 1

この辺りのことを説明するには、アメリカの歴史を説明する必要があるかもしれません。

先ほど述べた”傲慢な東海岸出身”の中でも、その最たるものはマサチューセッツ・ボストンの
金持ちだと思います。これに比べると、NYのロングアイランドの大富豪は成金にすぎません。

ボストンの歴史は古く、アメリカ最初の入植者であるイギリスの清教徒が
メイフラワー号でたどり着いたのもその近郊プリマスなら、
アメリカがイギリスからの独立を決意した茶会事件が発生したのもボストンでした。
独立戦争や南北戦争後も、ボストンはアメリカのエスタブリッシュメントとして権威の中心にありました。
日本が幕末の風雲の中にあった時、各藩が競って武器を集めた貿易先の多くはこのボストンだったわけです。

要するに、ボストンはアメリカのオールドマネーを象徴する街でした。
以前何度か触れましたが、このような歴史背景のため、今でも日本のお宝がざくざくでてくるのは
ボストン近郊なわけです。歴史背景を鑑みても、ボストン美術館に日本の至宝が集まっているのは
至極当然のことなわけですね~。

さて、やっと本題の蒔絵の小箱。

この小箱が出てきたのは、ボストン郊外のお金持ちが集まるとある町、
名家の子息が代々ゴルフなどを遊んだ土地柄でした。

この骨董商の手元には、いろいろと珍しい日本のものが・・・
あっと驚く、大日本帝国時代の勲章(日本だと30万くらいするもの)まで・・・

その中で、おや?と興味を持ったのが、この葵の御紋の蒔絵の小箱でした。

aoi make box 2

小箱、というからには小さいですね。縦15センチもあるでしょうか?
蓋の上部に、葵紋が3つ。

aoi makie box 3

側面の狭い面に、葵紋が各一個、広い面に各二個、合計葵紋は9個あります。

aoi makie box 4

外側の装飾は葵紋のみ、というシンプルさ。

aoi makie box 5

さて、中を開けて見ますと・・・

内側が金梨地になっています。
豪華ですね。

aoi makie box 6

そして、気になる蓋の裏面は・・・ナント・・・・

じゃーん。

aoi makie box 7

金蒔絵になっています。
素晴らしい細工です。
梅の花木にやってくるのは不如帰。

外側の近影。

aoi makie box 8

この小箱の時代を特定するために、いろいろと葵紋について調べました。

葵のご紋と言えば水戸黄門の印籠が有名ですが、この紋は実は時代とともに
デザインが多少変わっているのをご存知でしょうか?

aoi makie box 9

徳川葵は通常、丸に三つ葉葵ですが、徳川御三家の使用する葵紋は、
茎の描き方や葉の数などに微妙な違いがあります。

また、将軍家の場合でも、徳川初期の場合の葉の数は33本くらいありまして、
吉宗の時代に23本くらいになり、最後の将軍、慶喜の時代だと葉の数は13本になり、
そのデザインも初期と比べてかなりスタイライズされます。

aoi makie box 10

この箱を手に入れてからは、それはもう目を皿のようにして葉の数を数えたり、茎の形を
眺めたりして、ネットや本と首っ引きで調べたものでした。

問題は葉の数なのですが・・・・23枚ではなく、22枚なのですねぇ~。
むぅ~。

23枚だと、茎の形などからも、吉宗の時代かなぁ?と思えるのですが
一枚足りんのですよ!

一枚たりなぁ~いっ!!! って怪談か・・・

まぁ、この葉脈の数に関しては、その時代それぞれの特徴がありまして
23枚から22枚になったから、吉宗のすぐ後の時代、と簡単に言えるものでもないそうです。

篤姫の婚礼の際の道具についていた徳川紋の葉脈は25枚だったそうなので・・・・

aoi makie box 11

まぁ、時代の特定ははっきりとは言えませんが、骨董屋さんの話では
江戸時代には間違いだろう、とのこと。

この箱がプリマス近郊の骨董屋から出てきたことからも、たぶんなんらかの理由で
幕末に日本国内からアメリカに流出したものだと思われます。

aoi makie box 12

それにしてもこの小箱、一体なんに使うのでしょう?

香合にしては大きいし、文箱にしては小さいし・・・・と思っておりますと
なじみの骨董商は、”これは琴爪を入れる箱じゃないの?”とのこと。

は~ん?
そうかもしれませんね。
徳川か松平家のお姫様が琴爪をいれた箱かもしれません・・・
そう考えると、内部の瀟洒な細工も納得がいきますが・・・

aoi makie box 13

魚拓ではありませんが、となりにサムソン(!)のギャラクシーを置いてみました。
安物のカバーが、隣にある蒔絵の上品さを一層引き立てますね(笑)。

そういえば、東海岸を引っ越す際に家を売りに出したのですが、その際に家具の配置などを
演出するステージャー(演出家)を呼びました。

この方はアメリカ人ですので、日本の骨董は全く知らないのですが、
そこはそれ、売れっ子のステージャーなので、目は利くようです。
骨董棚を見て、一番良いものだけを選んで家の装飾品に使いました。

その彼女、この箱をみて、”ワァ~、なんてかわいらしいの!こんな箱、娘にも一つ
持たせたいわ!”だそうです。

オイオイ・・・・この箱はだね・・・・などと説教はしませんでしたが、
なんとなく苦笑してしまう私でした。

aoi makie box 14

ハハハ。

保存の状態は良かったです。
蓋の角の一つにヒビがちょっとヒビが入っていました。

何をいれようかなぁ・・・・?


いつもブログを覗いてくださる方、ありがとうございます。
遅筆ですが、がんばってアップしていきたいと思います。

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