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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

翔ぶが如く (色絵 応龍牡丹唐草文 長皿) 

来年の大河ドラマは司馬遼太郎の「翔ぶが如く」・・・・ではなくて、
林真理子の「西郷どん」‥‥ ( ゚Д゚)ハァ?

せっかく西郷隆盛の話なのに・・・・林真理子の原作とは!
でもまぁ、鈴木亮平が主演だし、俺物語!!よろしく演じてくれるんじゃないでしょうか。
しかも、大久保利通が瑛太とは!
そうきたかー!
野心的な大久保利通を腹黒くも複雑に演じてほしいもんです。

さて・・・・
まぁせっかくなので、「翔ぶが如く」を読みつつ(←まだ終わってなかった!)、
柿右衛門様式の秘蔵っ子でも引っ張り出してみました。

いやはや、珍品いや名品です。

色絵応龍牡丹唐草文長皿 (1680頃)
fd1.jpg

見込みの色絵部分を除けば、そう珍しいものではないかもしれません。
裏銘は渦福。
いわゆる延宝様式のものです。
(詳細は九陶から出ている柴田コレクションVを参考に)

FD2.jpg

初めて見たときは、「なんじゃ、こら?」という感じでした。
延宝様式の図柄はバラエティに富んだものが多いですが
この図柄はさすがに国内外を問わず図録でも見たことがありません。

FD3.jpg

染付のスタンダードな龍と比べると、色絵の応龍は
どことなく西洋風ですね。イギリスなどの紋章を思わせます。

でも調べてみたら、この時代の柿右衛門のモチーフには
ちゃんと応龍は含まれていました。
有名なものは、西本願寺の陶板。
東京国立博物館にも同じものがあるそうです。
応龍は、通常胴体は緑色で翼は緑と青、黄色ですが
珍しいことに、こちらは青の代わりに紫の色がついています。

以前、有田の源右衛門窯の古陶磁館を訪れた際、
17世紀の珍しい色絵の芙蓉手の輸出皿を見たのですが
お店の人曰く、「紫の入ったものは珍しい」のだそうです。
たしかに輸出古伊万里や柿右衛門の名品にも紫が入っています。

FD4.jpg

応龍というのは、古代中国神話に出てくる幻獣の一つです。
もとは中国最初の皇帝といわれる黄帝に仕えていたとされ、
天を掌る黄帝が蚩尤と戦った際に嵐をおこし加勢しました。
しかしこの時の殺戮の罪を問われ、後に中国南方へ追われてしまったそうです。

黄帝というのは、もちろん中原の皇帝(中華皇帝)のもとになった
ものですが、この時戦った相手の蚩尤というのは、実はモン族(ミャオ族)
なのだそうです。
この戦争に敗北し全滅を免れた蚩尤(モン)は、
その後南方の勢力として常に中華帝国を苦しめることになります。
ヴェトナムなどとの中原とのその後の確執がちゃんと説明されていますね。

要はこの神話は
漢族(Self) 対(漢族にとっての)南方の夷狄(Other)という構図を
含んだ中華思想イデオロギー言説のひとつなわけです。

応龍は天上に仕える身でしたが、血の穢れのため天界を追われ、
南方地方に移り住みました。このため中国南方地域には(応龍が雨を
降らせるために)雨が多いのだそうです。

おお!ちゃんとオチがついています!
さすが中国の神話、ちゃんと考えつくされていますね(笑)

FD5.jpg

側面には染付の龍が二頭。
この龍は延宝時代によく見られるものです。

FD6.jpg

三頭の龍が描かれています。
青龍と応龍と理解してよいものか・・・

FD7.jpg

裏面。
この皿、かなり気合の入った絵付けです。
裏まで手抜きなしの仕上がりです。
素晴らしい!

FD8.jpg

銘は渦福。
1680-1700年ごろのもので
間違いなさそうです。

FD9.jpg

高台の鋭利な造りもこの時代ならではです。

FD10.jpg

四方の角にもさらに四頭の青龍が描かれています。

FD11.jpg

それにしても、この時代のものはどんなものであれ
完成度が高いですね。

FD12.jpg

柿右衛門の名品などは、持ち主が代々大切に扱ってきたことは
容易に想像がつきますが、こんな小さな皿が、よくもまぁ300年も
素性も知られず、捨てられもせずに生き延びたものです。
西洋的な応龍の魅力のためなのかはわかりませんが、
今日まで割られもせずに持ち主に大切に扱われ
よくぞ無事に我が家へ来てくれた、と感謝する思いです。

大げさか・・・(*´_ゝ`)

FD 13

実は応龍の存在を最近までしりませんでした。
昨年末九陶に別件で行った時に、学芸員さんに
「あ、これは応龍ですよ」と教えて頂きました。

日本の文化を読むのには、中国の文化リテラシーが必要だなぁ、と
痛感する今日この頃です。

次回、嬉野の名窯の品を紹介します。
すぐですっ!(汗)

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今年の収穫 (染付楼閣山水文ケンディ) 

2016年も、もう年の瀬を迎えました。
皆様にとっては、どんな一年でしたか?

我が家は、一応みんな無病息災で無事一年を過ごせました。

さて、今年は骨董のコレクションのほうも
かなり収穫のあった年となりました。(あくまで主観ですけどね)

今週末の日本里帰りまでいくつアップできるか
わかりませんが、今年手に入れて嬉しかったものを
紹介したいと思います。

まず第一弾はコレ。

ついに、ついに憧れのケンディを手に入れることができました

o(^▽^)oヤッター!

kendi 1

いつもながら写真がイマイチですが・・・
呉須の発色の良さが際立っております。
1670-1690年頃のゴールデンエイジに作られた
高級輸出用のケンディです。

kendi 2

ケンディというのは、17世紀から18世紀にかけて
オランダの東インド会社から有田へ輸出用に注文された注器で、
乳首型の注口が特徴です。

古伊万里ファンとしては、色絵陽刻松鶴文三足注器同様、
ぜひ死ぬまでにコレクションに加えたいものの
一つだと思うのですが、これまでなんとなく二の足を踏んでいました。

ケンディというのは、基本的にお金さえ出せば手に入れられるものです。
非常に人気のあった輸出商品のため、オランダやイギリスの骨董屋では
かなり高い確率でお目にかかれますし、今日はネットでも販売していますね。
贋物を掴まされる、などという心配はあまりしなくても良いでしょう。
イギリスやオランダのディーラーが売っているものは本物がほとんどです。
ただし、ケンディは中国製や東南アジア製のものがあるので
注意が必要です。

まぁ、そうはいっても所詮ケンディはケンディです。
九陶やOliver Impey, Christiaan Jorg (Oはウムラート)の
文献を見ていれば、自ずと本物はわかるという
言ってみれば、種も仕掛けもないものです。

ただ食指が動かなかった理由の一つに
実はそのデザイン性がありました。
というのも、輸出されたケンディの大半は
中国・明時代の写しというのを基本に作られていますので
たとえ延宝、元禄の頃のものであっても、当時の
有田の素晴らしい技術が生かされていないように
思えるわけです。

しかも、値段だって10万は下らないので、ブランドであろうが’
なんだろうが、そうポンっと買えるものでも
ありませんしね・・・(。-_-。)

躊躇するのは当たり前の代物なのでした。

kendi 4

・・・と、うだうだ思っていたところ、相方が
「オイ!このケンディ本物だよ!珍しいなぁ!」というでは
ありませんか。

二人とも一目で、「お?本物じゃん?」と思ったのは
NYメトロポリタン美術館の所蔵の有名な蓋つきの鉢が
頭に浮かんだからでした。

お値段も、まぁまぁ手頃。
クリスマスプレゼントとか
なんとか言って買えそうな値段です。
ヴィトンより全然安いぞ!o(`ω´ )o

買い手がついていないのは、あまり見慣れないタイプの
図柄だったからではないかと推察されます。
とにかく購入するに至りました。ヽ(´∀`)ノ

kendi 3

日本の古伊万里文献ではあまり見かけませんが、
実は17世紀後半の輸出古伊万里の中には
いわゆる芙蓉手などとは一線を画する山水や楼閣の描かれた
高級磁器があります。
これらは、イギリスやアメリカ、オランダなどの
一流の美術館に所蔵されているものがほとんどで、
蓋つきの大型の鉢や花瓶などが主流です。
ヨーロッパを当時魅了したBlue & White の典型と言って
良いでしょう。

kendi 5

近影。
山水画です。
ぼかしダミの技術が生きています。

kendi 6

首の部分。
本体の絵付けに比べ、首の部分の絵付けは
その他の芙蓉手などと同じレベルの、実に雑な
絵付けです。

部分によって、異なる職人が絵付けをしたと
思われます。

kendi 7

こうしてみると、絵付けの技術の差は歴然(笑)ですね。

kendi 8

さらに近影。
一般に、染付楼閣山水文と言われる絵付けで、
Oliver Impey 師匠(!)によると、狩野派様式といわれる風景画なのだとか。
この様式は、当時のヨーロッパ市場では非常に人気が高かったそうです。

上の写真の右下の橋をご覧ください。
一筆ですらりと橋を書いてしまうとは!
これぞ職人技!
恐るべき技術です!

kendi 9

楼閣。
kendi 10

あああ…クリスマスツリーの飾りが
反射しています~!(涙)

kendi 11

柳。

kendi 12

この手の高級輸出用ケンディは、正直まだ見たことがありません。
東京国立博物館に似たものがあるようですが、
絵付けの出来は格段に劣るものです。

kendi 13

しかし、ケンディをもしお探しの方がいたら
こういう図柄の高級磁器もあったということも
是非知っておいてほしいと思います。

日本の骨董を扱う人の中には輸出古伊万里に対する
妙な偏見があって、「国産用に比べると品質は格段劣る」などと
いう人もいるようですが、実際は柿右衛門だけでなく
染付古伊万里の中にも、こういう品の良い作品がヨーロッパに向けて輸出された
わけです。

骨董収集というのは、大学受験の数学の問題を解くのと似ているように思えます。
ある一定のレベルを超えると、あとは似たような問題を以前解いたかどうかに
関わってきます。つまり、情報量の問題なわけですね。

kendi 14

Metropolitan Fine Arts Museum Oriental porcelain より。

kendi 15

Barry Davies Oriental Art より。

よく「骨董は実際に見て、手に取ってみないとわからない」などと言われます。
それはその通りですが、それ以外に骨董を知る方法がないわけでもありません。

イェール大の教授であり優れた骨董コレクターでもある友人に言わせると、
実際はどれだけの本を読んで勉強したかが大切なのだとか。
まぁ、こちらは学者ならではの見解ですが、
要は、情報量の多さがコレクターにとって、大切な要素の一つなのでしょうね。

(おまけ)

メリークリスマス!!!

Xmas tree 2

クリスチャンじゃないけど、クリスマス大好き!

Xmas tree 3

今年のクリスマスは、飛行機の中だけど。
サンタとすれ違うかな???

(´∀`*) なんつって・・・

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長崎を想う(輸出伊万里・染付西洋風景文皿) 

あっという間に11月も半ば。
なんと二ヶ月近くも更新していませんでした。
遂にネタ切れか?と思われたかもしれませんが
単に超多忙だったわけでした。

10月は子供二人の誕生日会。アメリカですので
家でちょっと料理して、ケーキをだしてというわけにもいかず
遊具施設を貸切でバースディ。アメリカ人は結構みんな
バースディパーティをどこかを貸切でやるんですが、
子供が多い人たち、破産するんじゃないのかな??

それが済むと、日本語学校の運動会、ハロウィーン、そして
ついに日本にいる両親、初訪米!
両親のためのゲストルームを準備したり、あちこち観光にいったり
楽しかったけれど、いや、もうクタクタです。

そ・し・て・・・・
まさかの結果が待っていた大統領戦。
いや~、旦那はショックで選挙後は5日ほどニュースも見ず、
BBCも読めない廃人状態に・・・(´д⊂)
「トランプがさぁ・・」と話しかけても、
「ラララララ~」と歌って、逃げていく始末。

まぁなぁ、神聖ローマ帝国もといアメリカ帝国、
終わりの始まりとでもいいましょうか・・・
大変なことになりました。それにしても、教養のない人は
なぜ己の利益に反する選択をするのでしょう・・?
ま、これで将来的に赤の州には絶対に引っ越せないなぁ、
死んでもこの夢の州に留まらねば、とか思ったのでした。

しかし、結果の出た後で悔やんでも仕方のないことですが
「こうなる前に何をすべきだったのだろう?」と思います。
やっぱりもっとアクティブに政治活動しなければいけなかったのかな、と
思いました。後悔しきりです。

まぁ、しかし覆水盆にかえらず。こぼれたミルクを嘆いても無駄だ!
というわけで、気を取り直して、今日は輸出・古伊万里の自慢の一品を
紹介することにしましょう。

こちらです。

kaei 1

以前1680年頃の西洋風景の輸出古伊万里について記事を書きました。

ヨーロッパの学術会で所謂「出島」と呼ばれるこの西洋風景画のついた
古伊万里は、東インド会社(VOC)特注の製品として知られています。
「西洋風景」のもとになった図柄は、当時オランダで人気のあった、
Scheveningenという猟師町を描いた版画からきており、
これをもとにデルフトがFrijtom Styleと呼ばれる製品を作りました。

それと同じようなものをオランダが有田にVOCを通じて注文したのが
今日の長崎・出島から今も発掘されている、「出島」と呼ばれる皿なわけです。

kaei 2

「出島」あるいは「デシマ」と呼ばれる皿ですが、当然出島を描いた皿ではありません。

kaei 3

1680年-1700年頃のものと思われます。
呉須の発色が素晴らしいですね。
落ち着いた藍は、この黄金時代ならではです。

kaei 4

kaei 5

kaei 6

以前、某学芸員の先生と話した時、この方の専門は古平戸および輸出古伊万里なのだそうですが、
嘉永の「嘉」の銘がついた皿は、この時代のものの中では高級磁器なのだと教えてもらいました。
出島と呼ばれる皿は、その歴史性からコレクターの間では人気アイテムなのですが、
これも先の西洋風景皿同様、高くつきました。
でも、Christiaan Jorg やOliver Impey などの本には必ず説明つきで出てくるものなので
どうしても欲しかったんですよね~。

輸出古伊万里はいくつか持っていますが、染付のVOC関係の皿は
それよりももっと魅力を感じます。

kaei 7

kaei 8

こちらは、Christiaan Jorgの名著、 Fine & Curiousから。
輸出古伊万里ファンにとってはマストな本です。
(* ´ ▽ ` *) 素晴らしい!

kaei 10

kaei 9

皿のデザインですが、当時流行ったOlfert Dapperの版画などの図柄も
混じっているのではないかと思います。
これは中国の風景。

しかし、こういうのもなんですが、彼は一度もオランダ国外へ出たことがないのに
アフリカだの中国だのの風景を出版しているわけですねぇ。
東洋やアフリカへの興味が尽きない大航海時代ではあったわけですが
こうしてオリエンタリズムの言説が構築されたわけです。

kaei 11

この図柄の皿は珍しいです。
通常美術館や本などで見かけるもののほとんどは
同タイプの茶碗です。
余談ですが、出島シリーズは、エリザベス女王時代に建てられた
かの有名なBurghley Houseのコレクションにもたくさん含まれています。
このコレクションの本も、The Burghley Porcelain というタイトルで購入可能ですよ。
1680年頃の輸出古伊万里がたくさん見れます。

kaei 12

kaei 13

地震が多いカリフォルニアでは、磁器のコレクションは無謀かも。
でも、一応家の中で一番安全そうな(?)キャビネットに入れています。
ははは・・・

kaei 14

(おまけ)
輸出古伊万里に興味が出てくると、自然と
その時代のヨーロッパの文化にも興味が出てきます。
あくまで、West meets East もとい East meets West という視点からなんですがね。

版画のほうも、家の中を飾るという目的で収集することにしました。
変な複写にお金をだすよりは、古い歴史を語る本物を飾るほうが
良い気分です。

今日は、こちら。
Jacques-Callotによる1627年出版。(複写ではありません)。

1597年の長崎西坂における二十六聖人の殉教の様子です。

26 saints 1

この東洋におけるキリスト教迫害が、ヨーロッパ人にとって
いかに衝撃だったかを物語っています。

26 saints 2

上空には、大天使ミカエルが殉教した信者を
迎えに来ています。

26 saints 3

来年は、やっと(!)マーティン・スコセッシの映画「沈黙」が
上映される予定ですね。窪塚くんがキチジロー、とか
一体どんなキャストじゃ?若いころの香川照之にやってほしかった、とか
フェレイラ神父は絶対にダニエル・ディ・リュイス(ルイス)を!とか
贅沢をいっても始まらないけどねぇ。ま、マーティン・スコセッシだしね・・・

それにしても、台湾とかじゃなくて、ちゃんと外海とかで撮ってほしかったなぁ・・・(´・_・`)
遠藤ファンには、ぜひあの外海の海を見て欲しいですね~!
訪れる度に、なぜか胸が締め付けられます・・・

まぁ、長崎教会群も世界遺産を再び目指すそうですし、故郷の長崎にとって
来年は良い年になってほしいなぁ(」*´∇`)」

26 saints 4

ネタは切れておりませんよ。
まだまだ輸出古伊万里お見せします。
お楽しみに~!

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Fine & Curious (色絵陽刻松鶴文三足注器) 

2016年は有田における日本磁器誕生400年記念の年にあたります。
当ブログでもこのアニバーサリーを祝して
有田焼の華麗なる歴史に一役を買った一品を紹介することにしましょう。

古伊万里ファンであれば、必ず手元に持っておきたい名著の一つに
オランダの東洋古陶磁研究の大家であるChristiaan Jorgの
Fine & Curiousがあります。

その著は、本国オランダからバタビアの東インド会社にむけて
送られた伝書の以下のような抜粋から始まります。

'Your Honour shall look to it that everything is fine and curious as to painting...'

閣下におかれましては、(買い付ける磁器は)すべてが、その絵付けにいたるまで
精巧(fine)で珍しい (curious)ものであるよう、ご配慮ください 
(拙訳)

かくして、東インド会社は日本の有田から
極めて高品質で東洋趣味にあふれた古伊万里を
多数買い集め、本国に送るに至ったわけです。

Fine & Curious.
なんという魅惑的な言葉でしょう。

古伊万里ファンにとって、これほど的確に
古伊万里を形容する言葉があるでしょうか?

もっとも、Curious という言葉の選択は
あくまでもヨーロッパ人の視点によるものです。
ヨーロッパ人の興味をそそるような珍しくて
おもしろいもの、といった意味でしょうけど、
とにかく当時のヨーロッパ人にとっては
東洋の磁器は、非常に珍しく熱狂せずには
いられなかったのではないでしょうか。

ザクセン王を始め、ヨーロッパの貴族を魅了した古伊万里ですが、
その輸出品の中でも特に珍しいコーヒーポットを今日は紹介しましょう。

色絵陽刻松鶴文三足注器です。

coffee pot

九陶の蒲原コレクションやハウステンボス内の古伊万里美術館にも
所蔵してあるこのコーヒーポットは18世紀の作。
東インド会社からの注文品だそうです。

16世紀、アラビアからヨーロッパにコーヒーが伝わると、
あっという間にあちこちで大流行。

九陶から出版されている輸出古伊万里本の決定版(!)
「古伊万里の道」によると、東インド会社から有田への
コーヒーポットの製作・注文に関する資料は
1680年ごろにやっと文書等に現われます。

有田焼はその創生期より中国のやきものを常に追いかけてきたわけですが
このコーヒーポットに関しては、実は有田のものが中国製よりも
先に作られたそうです。

ヨーロッパでコーヒーが流行した17世紀、中国は明王朝の衰亡・
清王朝の興隆と、国内は荒れに荒れておりました。
清王朝が西洋に磁器輸出を禁じたことも相まって、
東インド会社の注文、買い付けは自然有田へと向いたわけです。

coffee pot 2

さて、三足で胴長のポットは主に1720-1760年にかけて輸出されました。
このような形の注器は、皆同じ形であることから、型にはめて成形されたものです。
ちなみに三つ足のポットはイギリス風なのだとか。

coffee pot 3

このポットについては、いくつか説明すべき点がありますが
まずは、これがなぜ美術館でもない我が家にあるのかということ(笑)

ご存知の通り、このポットはいわゆるミュージアムピースと呼ばれるべきものです。
本物がネットオークションに出回ることはほぼ100%ありません。
ネットでみたよ、という方、それはフランスのサムソン製か明治期の
復刻版ですよ(。>ω<。)ノ 
お気をつけください!

80年代バブルの時代、古伊万里ブームも手伝って
この手のものは殆どヨーロッパから日本へ買い戻されました。
その後、これらの里帰り珍品はほとんどが
美術館や古陶磁館などのしかるべき
場所に収められたわけです。

1年半前でしょうか。ハウステンボスでワンピースクルージングの後、
古伊万里を集めた館に行き、このポットの前で指をくわえながら、
「こればっかりは絶対手にはいらないよねぇ・・・」と嘆いていた私。

ところが数ヶ月前、その私の目の前に突如このポットが現われました。
見つけたのはもちろん相方(!)

お宝ハンターの彼ですが、最初に見つけたときはさすがに
信じられなかったそうです。

This can't be real. It's too good to be true.
などとウダウダ言っておりました。

それに、形がちょっと変。三つ足が短い・・・・?

「これさぁ、本物かなぁ・・?」と問う彼に
一瞥くれる私。

おおお!本物じゃないですか!

「ギャァーーー!!本物かなぁ、じゃねぇ~!!!
なにをやっとるんじゃぁ!さっさと買わんかい!!!!」と怒る私。

美術館でしつこく見ていたのですぐに本物だと判った私でしたが、
相方が「???」と思ったのはズバリこの変な形のせいなんです。
不具合というべきか・・・・。

通常、美術館にあるこの手のポットは三つ足になっており
その足の部分は象の頭部もしくは美人像、あるいは男性像になっております。
このポットの場合、なんとその三つ足の部分が短いですね。
なぜかと言うと、なんと胴体を切ってある(!)からなんです。

その理由として考えられるのは、おそらく三つのうちいずれかの像が破損して
三つ足で立てなくなったので、(1)修理するか、(2)胴体を切って均一の
高さにする、という選択肢を迫られたものと思われます。

っていうか、普通(2)じゃなくて(1)を選ぶだろう!!!
Σ(´Д`*)

coffee pot 4

ボクシングへレナ・・?

coffee pot 5

いや、江戸川乱歩か・・・・??

coffee pot 6

嗚呼、なんということでありましょう。

でも、前の持ち主としては苦肉の策だったのでしょうねぇ。
捨てられなかっただけましか・・?

一応、これでも形として成り立っているところがスゴイ・・・・?

coffee pot 7

でも、さすが古伊万里の真骨頂とでも言うべき作品。
とにかく存在感が半端じゃありません。

そこにあるだけで、その佇まいに圧倒されます。
イヤ、本当になんかスゴイんですよ。

存在するコーヒーポットは美術館にあるものですら、ほとんどその蓋が喪失しています。
こちらも蓋はありませんが、これはしょうがないでしょう。

coffee pot 8

このコーヒーポットはヨーロッパで大層人気があったようです。
あんまり人気があったので、フランスのサムソン窯がこの模倣品を作り
販売すると、大いに売れました。

コレクターが古伊万里と思い込んで実はサムソン製や復刻版を
所有しているのをよく見かけます。
コレクターですら贋作を買ってしまうという古伊万里
コーヒーポット。

では、贋物と本物はどこが違うのでしょう?

coffee pot 9

真贋を簡単に見分ける上で一番の違いは、
ズバリ本物は(1)色絵付けの部分があまりよくない(ボロい・・)
そのわりに(2)陽刻があり、良くみると結構凝っていることです。

だまされやすいパターンとしては、見た目が妙に綺麗で
陽刻がないもの、美人像の顔に手抜きがあるものは
避けたほうが良いかもしれません。これらはサムソン製の特徴です。

coffee pot 10

では、本物はどう凝っているのか、というと
たとえば、写真をご覧ください。

鶴など、絵付けが雑なわりにはきちんと立体感が出ています。
また、鶴の雛がいる巣の陽刻、かなり細かく出来ているとおもいませんか?
巣のもつ柔らかい質感がよく出ています。
こんな質感を、よくもまぁ陽刻だけで表現できたもんです。

coffee pot 11

細部。
雑なようで実は凝っている、というのが
ポイントというべきか・・・?

coffee pot 12

東インド会社から輸出されたものには、いわゆる国内向け
元禄時代の精巧さや完成された美しさはありません。

しかし、全体的に奔放で、なんと言うか
Lively なわけです。

動的で生き生きとした美しさがあると思います。

coffee pot 13

取っ手にもきちんと絵付け。

coffee pot 14

鶴や松をかたどった陽刻だけでなく
松の木にも立体感をだすようあちこち手をかけています。

サムソンや復刻版は一見絢爛豪華ですが
そのつくりは極めて2次元的であると言わねばなりません。

coffee pot 15

東インド会社が注文したというこのコーヒーポット。

バタビアの総督に送られた手紙にもあるように
その注文品の多くは、まさにFine & Curious だったのです。

coffee pot 16

今年は、日本磁器誕生400年記念の年です。
有田にある美術館や古陶磁館の中にも、
これと同じような古伊万里のコーヒーポットを所蔵している所は
いくつかあります。

有田へ行く折には、是非本物をじっくりご覧ください。
そのFine でCuriousな魅力にきっと驚かれることでしょう。

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二番手の男 (幕末有田・染付青磁 唐子雪玉文皿) 

司馬遼太郎の「歳月」を読みました。
暇つぶしにBook Offで見つけて読んだのですが
いや~、久しぶりにおもしろい本に出会えました。

「歳月」は、司法卿江藤新平についての物語です。
江藤新平というと、佐賀の乱のイメージしかなかったんですが(汗)、
なんと近代日本の司法制度を作った人だったんですね~。

物語を要約すると、下級武士に生まれた佐賀藩士
江藤新平が、ずば抜けた頭脳で頭角をあらわし、
肥前・鍋島藩を討幕運動に引き込みます。
明治政府においては司法卿にまで上り詰めますが
最後は征韓論に破れ、大久保利通の謀略にかかり
佐賀の乱に担がれて刑死するという話でした。
地味な話だけど、これが本当におもしろかった~!

司馬遼太郎の作品は随分読みましたが、大人になってからは
なんか相性悪かったんですよねぇ。
「竜馬がゆく」なんて、何回読んでも最終巻までたどり着かない不思議。

思うに、主人公がいわゆる男も女もほれるヒーローだと、
なんかツマンナイ、と思う性質なんですねぇ。

坂本龍馬とか高杉晋作みたいな、政治的で行動力があって
女にもモテル、っていうかっこいい男には
あんまりときめかないんだなぁ・・・・・
おなかいっぱいって感じ?

一番手よりも二番手が良い・・・・

「歳月」という話は、つまるところ、大久保利通と江藤両者が
新国家を創造するための権力を争う物語だと思うんですが
権力を追い求める過程で必然的に遭遇する倫理感や正義感との衝突を、
果たして権力を得るがため無視するか、しないかというのが
この二人の人物像の分かれ道であるように思えます。
最終的に、冷血漢か正義漢かの違いですね。

そう考えると、二番手の男というのは
政治的感覚は乏しいと思うのですが
不器用ながらもなにかしら好感が持てるわけです。
男というものは正義感がなくてはなりません (・Д・)ノ

次回、里帰りした時は今まで素通りしてた佐賀市街にも
江藤新平の墓参りに行かねばなりませんなぁ・・・・。

まぁそんなわけで、とにかく私の脳内では今佐賀ブーム!
毎日佐賀城の資料館所蔵品を見たり、佐賀の近代史を
読んだり・・・・

こうなりゃ、佐賀・有田の幕末輸出皿でも見せてやらぁ!というわけで、
こちらを紹介することにしましょう。

佐賀・幕末つながり・・・ということで・・・
苦しい・・・・? 。(゚´Д`゚)゚。

kara 1

1820年~1860年のもので間違いないと思います。

絵付けが素晴らしいですね。
有田離れしています(笑)

モチーフは、いわゆる「雪遊びする唐子」

kara 2

それにしてもまぁ、この絵付けどんなもんでしょう?

タイムマシンがあったら、1840年ごろの肥前へいって
この皿が一体どこで絵付けされたのか確かめたいくらいです。

・・・というのも、先に書いたとおり、この絵付けは有田離れしていると
思いませんか?

唐子の雪遊びというのは、江戸後期の有田の絵付けや
平戸にもありますが、こんなに上手のものはこれ以外に
見たことがありません。

まるで絵師が紙に描いた様な出来栄えです。

kara 3

逃げる子供たちの表情、良いですね。
kara 4

それぞれの子供達の表情を見てみましょう。
一人ひとり丁寧に描かれています。

kara 5

kara 6

kara 7

kara 8

さて、この大皿(本当に大きい!)絵付けだけみてもあまり見慣れない
感じですね。

実は、1820年ごろから1860年ごろにかけて、有田には珍しく
絵付けが際立って上手く、唐物風の絵付けで、しかも青磁をかけたり
呉須の色が妙に深く青い作品があります。

この手のものは柴田コレクションにも含まれますが
イギリスやオランダに輸出されたものにもよく見られます。

輸出用上手なのだとずっと思っていました。

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裏を見てみましょう。

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銘は角福ですが、柿右衛門ではありません。

フクのつくりの田の部分が十字でなく×になっているのが特徴的です。

実は、この裏銘について過去かなりしつこく調べたことがありました。
2-3年前のことですが、この銘の皿がいくつかネットで出てきたことがありました。

どれも「贋作か?」とも思えるような大変出来の良いものでした。
随分調べたのですが、結局幕末頃のものではないかと推測だけして
はっきりしたことは分からずじまい。

でも、あきらめきれずにかなりしつこく調べたことを覚えています。

最近、この銘が柴田コレクションの某皿の銘と同じものであることに
気づきました。九陶の近現代肥前陶磁銘款集にのっていなかったのは
近代以前のものだったからでしょう。

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あれから数年後、この皿を見た瞬間、例の亀山焼の皿が頭に浮かびました。
一も二もなく購入したのですが、手にとって見ると
あの皿との共通点があることに気づきました。

まずは呉須の発色、際立って上手い絵付け。
裏をみると、これまた有田・亀山テュリーンを思い起こさせる文様。

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あくまで推測の域ですが、1820年ー1860年ごろ(亀山の時代とも合いますね)に
有田、平戸、亀山、秋浦、塩田等の窯から輸出される器に
絵付けをする専門の集団がいたのではないかと思います。
この集団は、二手(三手?)に分かれます。
ひとつは平戸焼の輸出用卵殻手や秋浦焼などに色をつけた色絵集団。
また、これと別個かもしれませんが、蔵春亭や信甫、初期深川の輸出品に
サムライやゲイシャなどの絵付けをした集団もあります。

もうひとつは、亀山や有田などに染付で清や明時代の唐物風の絵付けを
ほどこした染付集団。松茂堂竹芭製は、この染付・色絵付集団が
長崎の輸出用亀山につけた名前だと思われます。

前者の絵付けは高質ではありませんが、後者の絵付けは
江戸後期や幕末の通常の有田の器とは一線を画する高いスキルです。
(余談ながら、この唐子とほぼ同じような絵付けの平戸の花器を
つい最近見ました。つまり、この染付絵付集団は有田、亀山だけでなく
平戸にもかかわっていたということになります。)

やきものを見て、推測できるのは残念ながらここまで。
ここからは、1820-1860年の肥前・平戸・長崎の歴史を
紐解かなくてはなりません。

一つだけ共通点を見出すとすれば、それは肥前と平戸藩が
当時長崎警護にあたっていた、という事実です。
幕末の風雲をむかえる長崎で一体なにが起こっていたのか
各窯の造る磁器のダイナミックスだけ見ても
非常に興味深いですね。
私の推測では、この絵付集団は長崎にいたと思うのですが
これもあくまで想像の範囲です。

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骨董の類というのは、いろんな楽しみ方があると思うのですが
私の場合、皿一枚を顕微鏡に置いて、その背後にある歴史の中の
社会や文化、あるいは政治などをのぞき、あれこれ思いをめぐらすのが
骨董の醍醐味のようです。

幕末の頃、肥前磁器の鍋島に次ぐ二番手達が
あれこれ戦略を練りながら、オランダとイギリスの
市場でしのぎを削ったのが目に浮かびます。

やっぱり私は、一流の一番手よりも二番手に心惹かれます 


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Category: 古伊万里

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