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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

長崎螺鈿と蔵春亭三保 ~Sweetmeat Dishes~ 

今日は非常に珍しい長崎螺鈿と幕末・有田の蔵春亭三保製オードブルのセットを
紹介しましょう。

非常に長崎らしい、でも今日なかなかお目にかかれない逸品です。

raden 1

長崎螺鈿は、江戸時代長崎で造られた漆器のことです。
欧米では、磁器と言えばチャイナ、漆器といえばジャパンと
呼ばれると言いますが、アメリカで漆器をジャパンというのは
あまり聞いたことがありません。

raden 4

漆器は日本だけでなく中国にももちろんありますが、
所謂金をあしらった蒔絵はやはり日本を代表する美術工芸品と言えるでしょう。
余談ですが、先日ゲティ美術館に行った時、マリーアントワネットが愛した日本漆器という
小さい展示会をやっていました。ヴェルサイユのマリーアントワネットの部屋にあった
コレクションを集めたものですが、素晴らしい内容でした。

raden 5

同じ漆器細工でも長崎螺鈿は中国の文化に影響をうけたものです。
螺鈿とは、貝殻や琥珀、べっ甲などを漆器に合わせ装飾したものですが
もとは中国のもので、この長崎螺鈿も歴史を紐解けば
17世紀ごろ、中国(明)の職人に日本人が教わったのがはじまりだそうです。

このあたりの漆器細工の好みの違いも、京都などの文化と一線を画し
大陸の影響を大いに受けた長崎ならではだと言えるでしょう。

19世紀には、長崎螺鈿は中国のものを好む西洋人向けに作られ
ヨーロッパへ多く輸出されました。

raden 6

この螺鈿の図柄も日本というよりむしろ中国的ですね。
このようにどことなく大陸的ながら日本製のハイブリッドな図柄は
当時の長崎文化の様相を反映していると思います。

raden 7

長崎文化は日本・中国・オランダを混ぜ合わせた和華蘭(わからん)文化などと
言われます。
長崎派の南画なども、長崎在住の画家または京都などから長崎にやってきて遊んだ画家たちが
中国人や黄檗宗の僧から影響を受けたものです。当時の長崎ではこのようなハイブリッドな文化が
新進そして独自の画風として大いにもてはやされました。

このような文化のトレンドは当然、長崎南画の分野だけでなく螺鈿の図柄などにも影響しました。
長崎南画の大家とも言える崎陽三筆が活躍した幕末の長崎で、このような図柄の螺鈿が
輸出有田磁器と共に海外へ輸出されたのは至極当然のことでした。

raden 8

蒔絵と違い、色とりどり華やかです。

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長崎螺鈿が幕末に多く造られたにも拘わらず
今日美術館以外でほどんどお目にかかれないのには
いくつか理由があります。

最大の問題は、長崎螺鈿が有田磁器同様この時期外貨を稼ぐ目的として
輸出されたことにあります。
つまり、長崎螺鈿はそのほとんどがイギリスまたはオランダにむけ
輸出されたので、長崎の旧家などを除いてほとんど国内のみでなく海外にも
残っていないわけです。
漆器は非常に傷みやすいので、欧米人には手入れをするのは
無理だったのでしょうね。

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梅の花に雉か?

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蓋の上下も、ちゃんと図柄が合わせてあります。
保管状況が良ければ、かなりの良品だったことでしょう。

raden 14

さて、お楽しみはこれからだ(笑)。
中を開けてみると、蔵春亭三保によるオードブル皿が組み合わせて
入っています。

器の図柄が幕末時のものであることは明白ですが
興味深いのはこの丸盆に入ったオードブル皿そのもの。

実はこのオードブル皿は、西洋ではSweetmeat dishといいます。
ミートといっても肉が入っていたのではなく、いろんなデザートを飾る
飾り皿だったわけです。
中国(清)からの輸出品は、ヨーロッパで大いにもてはやされました。

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驚くなかれ。和華蘭文化の栄えた長崎でも、この手の器は
卓袱料理を彩るのに使われます。

このオードブル皿は、主に関西から西で見かけるものだそうで
東京のあたりやそれ以東ではあまり知られていないそうです。

raden 16

器の裏には、蔵春亭三保の銘が。

raden 17

遠目にはわかりませんが、実はこの中心の皿がイギリスから送られた時
包装不備のため割れてしまいました。

オイ!イギリス人!包装代けちるのいいかげんにしろっ!と
憤死寸前の相方。

こういうことがあるのは、今回が初めてではないんですよね。
前回相方が購入した古伊万里の八角皿(しかも透かし彫りが入っている!)は
ボコボコの段ボールにくるまれて送られてきました。もちろん皿は割れていました。
相方怒り狂うの巻。
そりゃそーだ。この皿、ヨーロッパの文献の8割に
必ず掲載されている有名なものだったんですよねぇ・・・・゚・(つД`)・゚・

ここだけの話、イギリス人包装代けちるんだよねぇ。
むかつくぜっ!o(o・`з・´o)ノ

raden 18

とはいえ、覆水盆に返らず。

raden 19

こぼれたミルクを嘆いても無駄だ!
(和訳ってどうしてあんなに変なのでしょう?(´∀`σ)σ

raden 20

まぁ、存在数が圧倒的に少ない長崎螺鈿が手に入っただけでも
喜ぶべきなのかもしれませんね。


(おまけ)

三川内に井浦新さんが来たそうです。
長崎出身の映画監督の自伝的映画に出演するとのことです。
この映画監督といい、高田社長の長崎Vファーレンスタジアム計画といい、
長崎出身者は郷土愛が強いんですよね~。

それを記念したわけではないのですが、
長崎が日本に、いや世界に誇る三川内焼のスタバカップを
買っちゃいました。

starbucks 1

この珈琲碗、珍しい形ですね。
実は江戸時代幕末から明治にかけて平戸藩がオランダ経由で
輸出した兜型珈琲碗は、ヨーロッパで大ヒットしました。
くわしくはここでどうぞ。


この碗は、その兜型に取っ手をつけたものです。
平戸焼の歴史と三川内焼の今とがうまく出会った素敵なカップです。
制作したのは、三川内焼の窯元でも有数の名窯である嘉泉窯さんです。

starbucks 2

三川内焼は他の器と比べて値段がやや高いですが、比較してみると品質はやはり抜きんでていると
言わざるを得ません。
波佐見焼が昨今は人気ですが、三川内焼の場合たとえデザインがモダンでも
そこはかとなく気品が漂うのは、やはりその高品質のせいでしょう。

このカップ、愛用中です。
おいしいコーヒーを淹れたら、やはりカップも良いものでなくてはね。

もうすぐゴールデンウィークですね。
波佐見、有田、大川内そして三川内ともに陶器市で
大いに盛り上がってほしいですね。

あ~!陶器市いきたいのぅ~!!!( ノД`)

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スタディ・ピース? (幕末・漆装飾花鳥文花瓶) 

骨董を集め始めた時は、幕末・明治のものに夢中だったのに
数年集めてみると、新しいものよりは古いものが欲しくなるのは
人情というものかもしれません。

私の場合、読む文献などほとんどが欧米のものなので
収集の方向も自然、あちらの人の好みになってきます。
柿右衛門とか平戸焼とか、いわゆるヨーロッパ人が好んだものに
つい目が言ってしまいます。

最近では、収集するにあたってはシンプルなルールに従うことにします。
それは当然、「好きなものだけ買う」ということなんですが、
相方のほうはどうもそう奇麗に割り切れないようで、珍品、迷品のようなものも
「これはスタディ・ピースだから!」とか言って買いたがります。困ったもんです。

結果、我が家にはちょっと?な柿右衛門様式風の皿だとか
怪しげな福禄寿の置物だとかあるわけです。

でも、まぁ勉強しないことにはお宝を探すことはできないしね・・・と説得する相方。
その彼が、またヘンなものを見つけてきました。

それがこちら。

lacquer 1

これなんだと思います?
これは実は幕末ごろ造られた、漆装飾を施した有田の磁器製の花瓶なんです。

lacquer 2

古伊万里収集家でもよっぽど詳しくないとご存じないかもしれませんが、
このような漆装飾の磁器は実は幕末ごろから明治にかけて造られ、
美術館に展示してあったり、図録などにも掲載されています。

有名なものでは、香蘭社が作った染付金高蒔絵御所車図大花瓶などでしょうか。
先日里帰りの際寄った有田ポーセリンパークにもこの手のものが
飾ってありました。

lacquer 3

幕末から明治にかけての有田は、それこそ異質素材と磁器とを組み合わせ、
いろいろと面白いものを作っています。
漆装飾、と聞くと古伊万里ファンは18世紀のドレスデンコレクションなどを
思い浮かべるかもしれませんね。
でも幕末・明治の有田も漆装飾だの、七宝だのと異なる素材を組み合わせた
作品を作っていたんですね~。こういった試験的なものは海外の市場でよく見かけます。

lacquer 4

さて、こんな変なものを安価で買って眺めまわすのは
なかなか楽しいわけですが、如何せん予備知識がなかったのには
こまったものです。

私は骨董を買った際、きれいに洗わないと気が済まないたちで、
先日も柿右衛門の人形をブンブン振り回して洗ったりしていたんですが
(袖の部分から古い籾殻が出てきた!)、この時も「ちょっときれいにしてやるか」と
よく考えもせずに洗いました。

すると、後方から「ギャー!」という雄たけびが・・・

相方があわててやってきて、「これはLacquerだろう!!洗ったらだめだよ!」
というではありませんか・・・
「あっ!」と思ったのも後のまつり。
ゴシゴシやったので、こんなんなってしまいました・・・

ムッとする相方。

。゚(゚´Д`゚)゚。 シマッタ・・・すんまそん。

lacquer 5

「まぁ、でも次回ドレスデンコレクションの漆装飾が手に入ったら(←?)
洗わないでちゃんと手入れするから、何事も学習だよね」というと
相方は微妙に嫌な顔。

|д゚)チラッ
怒ってる?

lacquer 6

私にとっては、苦い思い出の花瓶ですが
これを読まれた皆様、くれぐれも漆装飾のものは
洗わないよーに!

ちなみに某古伊万里ブロガーさんにも同じ失敗談が!
こちらです。
(^∇^)ノ

やっぱり収集家にはスタディ・ピースは必要ですよね。
何事も勉強と経験(?)です。


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唐子人形のオリジナル ~柿右衛門・色絵唐子人形笛~ 

今年は柿右衛門の当たり年です。o(^▽^)o

所謂濁手のものから人形まで、広義において柿右衛門と呼ばれるものは
海外の骨董ファンには垂涎の的ですが、今日はその柿右衛門の中でも
珍品中の珍品と言われるものを紹介しましょう。

それがこちら。
kaki boy 1

これが柿右衛門?血迷ったか?などと思わないでくださいね。
その反応こそ、これが珍品中の珍品と言われる所以です。(^∇^)

ヨーロッパではよく知られた柿右衛門の唐子形笛、実はなんと
あのロンドンのVictoria and Albert Museum も所蔵しているんですよ。
「そんなの、うそだっ!」と思った方、
こちらのリンクでどうぞ。

嘘じゃないよヾ(・∀・)ノ

kaki boy 2

ヨーロッパの文献によると、この柿右衛門の唐子形笛は1700年頃に作られたものですが、
もとは東インド会社が中国の徳化窯に発注したオランダ人形の笛をまねて
作られたものなのだそうです。

柴田コレクションにも、これと似た唐子形笛がありますが、
柴コレのほうはオリジナルの柿右衛門とは微妙に形が異なります。

オリジナルの唐子は両手で頬杖をつき、体全体が曲がっていますが、
柴コレの唐子は両手を前に出していて、体はまっすぐです。
実は、柴コレの唐子形笛はここで紹介している柿右衛門の唐子形笛の
江戸時代の復刻版で、制作時期は柿右衛門より100年ほど遅れます。

日本で見かける唐子形笛のほとんどは、この復刻版ではないでしょうか。
柿右衛門のものはもとは東インド会社からの発注によって
ヨーロッパ輸出向けに作られたもので、文献によると数もそう多くないそうですので、
日本で見かけないのは当然です。

kaki boy 3

さて、唐子の人形というと、平戸焼を思い出す人も多いことでしょう。
以前三川内のとある有名窯元さんにお話を伺った折、
話のタネにこの柿右衛門の唐子形笛をお見せしました。
すると興味深いことに、窯元さんご夫妻はこれは平戸焼だと思われたようで、
お手持ちの平戸焼の唐子をこの柿右衛門の隣に並べました。

平戸焼と柿右衛門というと、前者は上品な染付で、後者は
言わずと知れた色絵の元祖で知られていますが、両者とも肥前においては
唯一人形などの細工物を作っていた窯でもあります。

唐子の人形は、実は柿右衛門がオリジナルですが
それをさらに美しく成形したひねりものに発展させたのは平戸焼です。

kaki boy 4

唐子の足に口をつけて吹いてみると、ピロピロと可愛い音がします。
キュート!

kaki boy 5

細工物としては、 後年造られた平戸焼の足元にも及びませんが・・・

kaki boy 6

笛としてちゃんと機能する細工物を1700年に作った、というところに
意義がある!?(・Д・)ノ

いや、それ以前に柿右衛門はやっぱり柿右衛門。
小さくても、「ん???」と思わせるものがあります。
この存在感、やっぱりスゴイ。

kaki boy 7

平戸の細工物の唐子人形は、土の配合のせいでしょうが、これとは
比較にならないくらい精密に作られています。
細工物、というとマイセンなどが頭に浮かぶ人もいるかもしれませんが、実際精巧さという面で
平戸との比較に耐えうるのは中国の景徳鎮と徳化窯しかないと思います。

kaki boy 8

さて、精巧さという面ではイマイチの柿右衛門ですが、
こうした作品を作っていたことを鑑みると、
「柿右衛門」というブランドのつくった製品の、なんとバラエティに富んでいることか!
肥前磁器の源は、有田の陶山神社ではなく南川原ではなかったのか、とさえ思えます。

kaki boy 9

柿右衛門、知れば知るほど奥が深い!
やっぱり柿右衛門は凄いです。


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Category: 古伊万里

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古伊万里の名品 ~色絵貼付牡丹菊梅鶏文瓢形瓶~ 

NYのマンハッタン、52番街あたりはロックフェラーセンターやらMOMAなど
NYの中でも文化的な見どころの多いストリートです。
当然、この一等地には昔からある骨董屋なども軒を連ねています。

骨董屋といっても、ここで言う骨董屋というのは並みの骨董屋ではありません。
なにしろ20世紀には世界の富が集まる中心地であったNYの真ん中に軒を構える店達ですので
そのコレクションたるや、〇〇世紀の食器セット200点で4000万円等、
家を買うか、骨董を買うか、というレベルのものばかりを扱う店ばかりです。

さて、そんな足を踏み入れるのも躊躇われる名店で、最近素晴らしいお宝を
手に入れました。
し・か・も・・・・
「エエッツ!」と驚くような値段で\(^o^)/

今年上半期に購入したお宝の一つです。
それがこちら。
色絵貼付牡丹菊梅鶏文瓢形瓶です。

flower 1

古伊万里に詳しい方なら、この花瓶がただ物ではないと
一目でお分かりいただけると思います。

古伊万里、と一口にいっても17世紀後半から18世紀前半までヨーロッパへ
輸出されたものを指しますが、そのクオリティは実のところバラバラです。
高品質のものというのは、やはり元禄の頃の1700年あたりの黄金時代に
造られたものです。この時代の絵付けの繊細さは、古伊万里を下品だと思う人でも
認めざるを得ない出来ではないかと思います。

flower 2

この手の古伊万里で繊細な絵付けというのも貴重ですが、
この花瓶の特徴はなんといっても、この時代だけ造られた細工です。

花瓶の胴の窓絵の部分に牡丹の細工がしてありますね。
ヨーロッパに輸出された古伊万里は、18世紀前半の頃までに限り
細工をあしらった装飾品が作られました。「この時代に限り造られた」というのには
おおよそ理由があるのですが、それはさて置き、
このように窓絵に小さい花の細工がしてあるものは極めてレアです。

Christiaan Jorg(Oはウムラート)氏の Fine & Curious によると、このような窓絵の部分を
立体的にして細工を施したものが作られた期間は非常に短かったそうです。
それは手間暇がかかりすぎた為であり、このためこの手の商品は非常に高価であった、とも
説明されています。
中国製の輸出ものにはこのような細工物は全くみられない、と補足されています。

flower 3

絵付けがとても繊細ですね。

flower 4

flower 5

側面。
牡丹
flower 6

輸出古伊万里は下品だと言っている方、
全然下品じゃありませんよ!

flower 7

むしろ・・・イイッ!(^ω^ ≡ ^ω^)

flower 8

さて、この花瓶のもう一つの見どころは、裏面の窓絵細工。
こちらはなんと雄鶏と雌鶏二羽。

flower 9

このレリーフ、いわゆる置上技法で造られたと思いますが、平戸が得意とするこの技法は
この時代有田の輸出品用にもつかわれていました。

flower 10

側面。
牡丹。

flower 11

牡丹の細工、アップ。

flower 12

立体感が良いですね。

flower 13

高台。

flower 15

Fine & Curious より。
数ある図柄から探しても、小さい細工物をほどこしたものは
かなりレアだということがわかります。

flower 14

窓絵にある細工はこの二つの例のみです。

flower17.jpg

さて、気になるお値段ですが、はっきり言うのも下品ですので
まぁ、ルイヴィトンの一番安いハンドバッグも買えない金額だったとだけ
言っておきましょう。

安かった理由はズバリ、ディーラーがこれが18世紀の古伊万里だと知らなかったことです。
ディーラーは、実際これは19世紀、つまり明治の古伊万里復刻版だと思っていました。

そのように勘違いした理由はいくつかありますが、一番の大きな理由は
「古伊万里は高品質でない」という妙な先入観だったと思います。
たしかに美術館で見かけるものでも、古伊万里の品質は柿右衛門や鍋島などと比べると
比較にならないものが多いですし、ドレスデンコレクションでも、
その質はピンキリで例外とは言えません。
しかしいろんな輸出古伊万里を鑑賞して思うのは、
一部の古伊万里にはかなり高品質のものがあるということでした。

この花瓶も、海外の美術館にある古伊万里についての本を見ていなければ
ディーラーの言う通り、「明治の錦手・古伊万里風」だと思ったかもしれません。

もう一つは、NYマディソン街のディーラーなので、古伊万里ひとつにそうそう時間をかけて
調べる暇もなく、安易に「奇麗だから19世紀でいいよね?」という値付けをしたのではないかと
思います。
昨今のチャイナマネーを考えると、古伊万里はもはやNYの骨董商にとっては
ビッグゲームとは言い難いようです。

それにしても、骨董収集は日々戦いですね。
骨董商なんか、なーんも知らんやろ?くらい横着に構えていないと
こういうお宝発掘は無理ですね。
ハハハ・・・

flower 16

(おまけ)
な、な、なんと!モンタヌスの日本史に掲載されたかの有名な
「雲仙地獄殉教の図」。
1669年のものが手に入りました!

shimabaara 1

なつかしー!小学生の頃日本史の教科書で見て、トラウマになりませんでしたか?
子供の時分、ショックで、でも怖いもの見たさで何度もこのページをみた思い出があります。。

穴吊り、とかね・・・

shimabara 2

昨年の映画、マーティン・スコセッシの沈黙、イマイチでしたねぇ~。
やっぱり、アンドリュー・ガーフィールドが合ってないような・・・・
ロドリゴだけど、なんか未成年っぽい。

良かったのは、穴吊りされたリーアム・ニーソン。こういう役、ピッタリですね~!
ダニエル・ディ・リュイスだともっとよかったんだろうけど、まぁ、しょーがねーな。
あと意外と良かったのが、アダム・ドライバー!
初めて見たときは、「こんなブサ〇クがなぜショービズに?」っておもったけど
なんか味があって非常に良かったですなぁ。ガルぺだったけど、主役でもよかったような気が・・・
アダム・ドライバー、( ・∀・)イイ!!

shimabara 3

最近、家の壁に飾る古版画も充実してきたので、こちらもそのうち時間があれば
おいおい紹介していきましょう。

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翔ぶが如く (色絵 応龍牡丹唐草文 長皿) 

来年の大河ドラマは司馬遼太郎の「翔ぶが如く」・・・・ではなくて、
林真理子の「西郷どん」‥‥ ( ゚Д゚)ハァ?

せっかく西郷隆盛の話なのに・・・・林真理子の原作とは!
でもまぁ、鈴木亮平が主演だし、俺物語!!よろしく演じてくれるんじゃないでしょうか。
しかも、大久保利通が瑛太とは!
そうきたかー!
野心的な大久保利通を腹黒くも複雑に演じてほしいもんです。

さて・・・・
まぁせっかくなので、「翔ぶが如く」を読みつつ(←まだ終わってなかった!)、
柿右衛門様式の秘蔵っ子でも引っ張り出してみました。

いやはや、珍品いや名品です。

色絵応龍牡丹唐草文長皿 (1680頃)
fd1.jpg

見込みの色絵部分を除けば、そう珍しいものではないかもしれません。
裏銘は渦福。
いわゆる延宝様式のものです。
(詳細は九陶から出ている柴田コレクションVを参考に)

FD2.jpg

初めて見たときは、「なんじゃ、こら?」という感じでした。
延宝様式の図柄はバラエティに富んだものが多いですが
この図柄はさすがに国内外を問わず図録でも見たことがありません。

FD3.jpg

染付のスタンダードな龍と比べると、色絵の応龍は
どことなく西洋風ですね。イギリスなどの紋章を思わせます。

でも調べてみたら、この時代の柿右衛門のモチーフには
ちゃんと応龍は含まれていました。
有名なものは、西本願寺の陶板。
東京国立博物館にも同じものがあるそうです。
応龍は、通常胴体は緑色で翼は緑と青、黄色ですが
珍しいことに、こちらは青の代わりに紫の色がついています。

以前、有田の源右衛門窯の古陶磁館を訪れた際、
17世紀の珍しい色絵の芙蓉手の輸出皿を見たのですが
お店の人曰く、「紫の入ったものは珍しい」のだそうです。
たしかに輸出古伊万里や柿右衛門の名品にも紫が入っています。

FD4.jpg

応龍というのは、古代中国神話に出てくる幻獣の一つです。
もとは中国最初の皇帝といわれる黄帝に仕えていたとされ、
天を掌る黄帝が蚩尤と戦った際に嵐をおこし加勢しました。
しかしこの時の殺戮の罪を問われ、後に中国南方へ追われてしまったそうです。

黄帝というのは、もちろん中原の皇帝(中華皇帝)のもとになった
ものですが、この時戦った相手の蚩尤というのは、実はモン族(ミャオ族)
なのだそうです。
この戦争に敗北し全滅を免れた蚩尤(モン)は、
その後南方の勢力として常に中華帝国を苦しめることになります。
ヴェトナムなどとの中原とのその後の確執がちゃんと説明されていますね。

要はこの神話は
漢族(Self) 対(漢族にとっての)南方の夷狄(Other)という構図を
含んだ中華思想イデオロギー言説のひとつなわけです。

応龍は天上に仕える身でしたが、血の穢れのため天界を追われ、
南方地方に移り住みました。このため中国南方地域には(応龍が雨を
降らせるために)雨が多いのだそうです。

おお!ちゃんとオチがついています!
さすが中国の神話、ちゃんと考えつくされていますね(笑)

FD5.jpg

側面には染付の龍が二頭。
この龍は延宝時代によく見られるものです。

FD6.jpg

三頭の龍が描かれています。
青龍と応龍と理解してよいものか・・・

FD7.jpg

裏面。
この皿、かなり気合の入った絵付けです。
裏まで手抜きなしの仕上がりです。
素晴らしい!

FD8.jpg

銘は渦福。
1680-1700年ごろのもので
間違いなさそうです。

FD9.jpg

高台の鋭利な造りもこの時代ならではです。

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四方の角にもさらに四頭の青龍が描かれています。

FD11.jpg

それにしても、この時代のものはどんなものであれ
完成度が高いですね。

FD12.jpg

柿右衛門の名品などは、持ち主が代々大切に扱ってきたことは
容易に想像がつきますが、こんな小さな皿が、よくもまぁ300年も
素性も知られず、捨てられもせずに生き延びたものです。
西洋的な応龍の魅力のためなのかはわかりませんが、
今日まで割られもせずに持ち主に大切に扱われ
よくぞ無事に我が家へ来てくれた、と感謝する思いです。

大げさか・・・(*´_ゝ`)

FD 13

実は応龍の存在を最近までしりませんでした。
昨年末九陶に別件で行った時に、学芸員さんに
「あ、これは応龍ですよ」と教えて頂きました。

日本の文化を読むのには、中国の文化リテラシーが必要だなぁ、と
痛感する今日この頃です。

次回、嬉野の名窯の品を紹介します。
すぐですっ!(汗)

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