07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

唐子人形のオリジナル ~柿右衛門・色絵唐子人形笛~ 

今年は柿右衛門の当たり年です。o(^▽^)o

所謂濁手のものから人形まで、広義において柿右衛門と呼ばれるものは
海外の骨董ファンには垂涎の的ですが、今日はその柿右衛門の中でも
珍品中の珍品と言われるものを紹介しましょう。

それがこちら。
kaki boy 1

これが柿右衛門?血迷ったか?などと思わないでくださいね。
その反応こそ、これが珍品中の珍品と言われる所以です。(^∇^)

ヨーロッパではよく知られた柿右衛門の唐子形笛、実はなんと
あのロンドンのVictoria and Albert Museum も所蔵しているんですよ。
「そんなの、うそだっ!」と思った方、
こちらのリンクでどうぞ。

嘘じゃないよヾ(・∀・)ノ

kaki boy 2

ヨーロッパの文献によると、この柿右衛門の唐子形笛は1700年頃に作られたものですが、
もとは東インド会社が中国の徳化窯に発注したオランダ人形の笛をまねて
作られたものなのだそうです。

柴田コレクションにも、これと似た唐子形笛がありますが、
柴コレのほうはオリジナルの柿右衛門とは微妙に形が異なります。

オリジナルの唐子は両手で頬杖をつき、体全体が曲がっていますが、
柴コレの唐子は両手を前に出していて、体はまっすぐです。
実は、柴コレの唐子形笛はここで紹介している柿右衛門の唐子形笛の
江戸時代の復刻版で、制作時期は柿右衛門より100年ほど遅れます。

日本で見かける唐子形笛のほとんどは、この復刻版ではないでしょうか。
柿右衛門のものはもとは東インド会社からの発注によって
ヨーロッパ輸出向けに作られたもので、文献によると数もそう多くないそうですので、
日本で見かけないのは当然です。

kaki boy 3

さて、唐子の人形というと、平戸焼を思い出す人も多いことでしょう。
以前三川内のとある有名窯元さんにお話を伺った折、
話のタネにこの柿右衛門の唐子形笛をお見せしました。
すると興味深いことに、窯元さんご夫妻はこれは平戸焼だと思われたようで、
お手持ちの平戸焼の唐子をこの柿右衛門の隣に並べました。

平戸焼と柿右衛門というと、前者は上品な染付で、後者は
言わずと知れた色絵の元祖で知られていますが、両者とも肥前においては
唯一人形などの細工物を作っていた窯でもあります。

唐子の人形は、実は柿右衛門がオリジナルですが
それをさらに美しく成形したひねりものに発展させたのは平戸焼です。

kaki boy 4

唐子の足に口をつけて吹いてみると、ピロピロと可愛い音がします。
キュート!

kaki boy 5

細工物としては、 後年造られた平戸焼の足元にも及びませんが・・・

kaki boy 6

笛としてちゃんと機能する細工物を1700年に作った、というところに
意義がある!?(・Д・)ノ

いや、それ以前に柿右衛門はやっぱり柿右衛門。
小さくても、「ん???」と思わせるものがあります。
この存在感、やっぱりスゴイ。

kaki boy 7

平戸の細工物の唐子人形は、土の配合のせいでしょうが、これとは
比較にならないくらい精密に作られています。
細工物、というとマイセンなどが頭に浮かぶ人もいるかもしれませんが、実際精巧さという面で
平戸との比較に耐えうるのは中国の景徳鎮と徳化窯しかないと思います。

kaki boy 8

さて、精巧さという面ではイマイチの柿右衛門ですが、
こうした作品を作っていたことを鑑みると、
「柿右衛門」というブランドのつくった製品の、なんとバラエティに富んでいることか!
肥前磁器の源は、有田の陶山神社ではなく南川原ではなかったのか、とさえ思えます。

kaki boy 9

柿右衛門、知れば知るほど奥が深い!
やっぱり柿右衛門は凄いです。


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Category: 古伊万里

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古伊万里の名品 ~色絵貼付牡丹菊梅鶏文瓢形瓶~ 

NYのマンハッタン、52番街あたりはロックフェラーセンターやらMOMAなど
NYの中でも文化的な見どころの多いストリートです。
当然、この一等地には昔からある骨董屋なども軒を連ねています。

骨董屋といっても、ここで言う骨董屋というのは並みの骨董屋ではありません。
なにしろ20世紀には世界の富が集まる中心地であったNYの真ん中に軒を構える店達ですので
そのコレクションたるや、〇〇世紀の食器セット200点で4000万円等、
家を買うか、骨董を買うか、というレベルのものばかりを扱う店ばかりです。

さて、そんな足を踏み入れるのも躊躇われる名店で、最近素晴らしいお宝を
手に入れました。
し・か・も・・・・
「エエッツ!」と驚くような値段で\(^o^)/

今年上半期に購入したお宝の一つです。
それがこちら。
色絵貼付牡丹菊梅鶏文瓢形瓶です。

flower 1

古伊万里に詳しい方なら、この花瓶がただ物ではないと
一目でお分かりいただけると思います。

古伊万里、と一口にいっても17世紀後半から18世紀前半までヨーロッパへ
輸出されたものを指しますが、そのクオリティは実のところバラバラです。
高品質のものというのは、やはり元禄の頃の1700年あたりの黄金時代に
造られたものです。この時代の絵付けの繊細さは、古伊万里を下品だと思う人でも
認めざるを得ない出来ではないかと思います。

flower 2

この手の古伊万里で繊細な絵付けというのも貴重ですが、
この花瓶の特徴はなんといっても、この時代だけ造られた細工です。

花瓶の胴の窓絵の部分に牡丹の細工がしてありますね。
ヨーロッパに輸出された古伊万里は、18世紀前半の頃までに限り
細工をあしらった装飾品が作られました。「この時代に限り造られた」というのには
おおよそ理由があるのですが、それはさて置き、
このように窓絵に小さい花の細工がしてあるものは極めてレアです。

Christiaan Jorg(Oはウムラート)氏の Fine & Curious によると、このような窓絵の部分を
立体的にして細工を施したものが作られた期間は非常に短かったそうです。
それは手間暇がかかりすぎた為であり、このためこの手の商品は非常に高価であった、とも
説明されています。
中国製の輸出ものにはこのような細工物は全くみられない、と補足されています。

flower 3

絵付けがとても繊細ですね。

flower 4

flower 5

側面。
牡丹
flower 6

輸出古伊万里は下品だと言っている方、
全然下品じゃありませんよ!

flower 7

むしろ・・・イイッ!(^ω^ ≡ ^ω^)

flower 8

さて、この花瓶のもう一つの見どころは、裏面の窓絵細工。
こちらはなんと雄鶏と雌鶏二羽。

flower 9

このレリーフ、いわゆる置上技法で造られたと思いますが、平戸が得意とするこの技法は
この時代有田の輸出品用にもつかわれていました。

flower 10

側面。
牡丹。

flower 11

牡丹の細工、アップ。

flower 12

立体感が良いですね。

flower 13

高台。

flower 15

Fine & Curious より。
数ある図柄から探しても、小さい細工物をほどこしたものは
かなりレアだということがわかります。

flower 14

窓絵にある細工はこの二つの例のみです。

flower17.jpg

さて、気になるお値段ですが、はっきり言うのも下品ですので
まぁ、ルイヴィトンの一番安いハンドバッグも買えない金額だったとだけ
言っておきましょう。

安かった理由はズバリ、ディーラーがこれが18世紀の古伊万里だと知らなかったことです。
ディーラーは、実際これは19世紀、つまり明治の古伊万里復刻版だと思っていました。

そのように勘違いした理由はいくつかありますが、一番の大きな理由は
「古伊万里は高品質でない」という妙な先入観だったと思います。
たしかに美術館で見かけるものでも、古伊万里の品質は柿右衛門や鍋島などと比べると
比較にならないものが多いですし、ドレスデンコレクションでも、
その質はピンキリで例外とは言えません。
しかしいろんな輸出古伊万里を鑑賞して思うのは、
一部の古伊万里にはかなり高品質のものがあるということでした。

この花瓶も、海外の美術館にある古伊万里についての本を見ていなければ
ディーラーの言う通り、「明治の錦手・古伊万里風」だと思ったかもしれません。

もう一つは、NYマディソン街のディーラーなので、古伊万里ひとつにそうそう時間をかけて
調べる暇もなく、安易に「奇麗だから19世紀でいいよね?」という値付けをしたのではないかと
思います。
昨今のチャイナマネーを考えると、古伊万里はもはやNYの骨董商にとっては
ビッグゲームとは言い難いようです。

それにしても、骨董収集は日々戦いですね。
骨董商なんか、なーんも知らんやろ?くらい横着に構えていないと
こういうお宝発掘は無理ですね。
ハハハ・・・

flower 16

(おまけ)
な、な、なんと!モンタヌスの日本史に掲載されたかの有名な
「雲仙地獄殉教の図」。
1669年のものが手に入りました!

shimabaara 1

なつかしー!小学生の頃日本史の教科書で見て、トラウマになりませんでしたか?
子供の時分、ショックで、でも怖いもの見たさで何度もこのページをみた思い出があります。。

穴吊り、とかね・・・

shimabara 2

昨年の映画、マーティン・スコセッシの沈黙、イマイチでしたねぇ~。
やっぱり、アンドリュー・ガーフィールドが合ってないような・・・・
ロドリゴだけど、なんか未成年っぽい。

良かったのは、穴吊りされたリーアム・ニーソン。こういう役、ピッタリですね~!
ダニエル・ディ・リュイスだともっとよかったんだろうけど、まぁ、しょーがねーな。
あと意外と良かったのが、アダム・ドライバー!
初めて見たときは、「こんなブサ〇クがなぜショービズに?」っておもったけど
なんか味があって非常に良かったですなぁ。ガルぺだったけど、主役でもよかったような気が・・・
アダム・ドライバー、( ・∀・)イイ!!

shimabara 3

最近、家の壁に飾る古版画も充実してきたので、こちらもそのうち時間があれば
おいおい紹介していきましょう。

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Category: 古伊万里

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The Getty Center/Museum へ行く! 

夏休み直前なので、突然ですが先日訪問したLAにあるGetty Center の紹介を
したいと思います。

以前訪問したLACMAでもそれとなく触れましたが、この世の楽園、西海岸にはただ一つ欠けているものがあります。

それは文化!
SFに居た頃も同級生にボヤいたものですが、西海岸の美術館、レベル低すぎですっ!
東海岸にいた頃は、ボストン美術館をはじめ、イェール大の美術館、NYのメトロポリタン、
そしてフィラデルフィア美術館など、ほぼ月一から毎週通っていた者としては、
西海岸の美術館のレベルは「?」でした。アートスクール出身の友達が、それでもSFのめぼしい
美術館やバークレー、スタンフォードなどの美術館など連れまわしてくれましたが、
いや~、さすがの北カリフォルニアでも全然ダメですね・・・
東海岸には全然勝てません、

予想した通り、LAも例外ではなくハリウッドの近くにあるLACMAに行ってみましたが
あまりのしょぼさに呆然としてしまいました。それにしても、このしょぼいコレクションは
どうよ?デトロイト美術館のほうが規模は小さいけど、いいもの置いてるよ?

そんなわけであきらめた感がありましたが、相方の希望で先日The Getty へ
飲茶のついでに行くことに。

「見るもん、あんの?」と感じの悪い私に、
「なんか景色がいいらしいよ。まぁ、そんなに期待せずに行こうよ!」という相方。
LAのダウンタウンを抜けて、サンタモニカを北上すると、西海岸の動脈である
高速の右手にはマルホランド・ドライブが。
デヴィッド・リンチの話に華を咲かせていると、間もなく
左手の山の上に、The Getty が見えてきました。
山の上にそびえる美術館です。
気分が上がってきました(笑)。

山の上なので、モノレール(?)に乗って行きます。
稲佐山っぽい、と思う私(。-_-。)

そして、ついに着きましたよ!
建物全般、素晴らしいですね!高台の美術館からLAそして太平洋が
望めます。景色、良すぎます!

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Getty Museum はアメリカの石油王、Jean Paul Getty の資産で創設された私美術館ですが、
そのコレクションたるや、印象派を中心になかなか良いものを集めています。

IMG_1533.jpg

私の世代だと、ゲティと聞けば、映画「蠅の王」のバルサーザル・ゲティを思い浮かべます。
可愛かったなぁ。バルサーザル・ゲティ。(ノ´▽`*)b☆

ジャン・ポール・ゲティはバルサーザルの曾祖父。JPゲティの長男は経営のストレスで自殺、
その孫であるJPゲティ三世(バルサーザルの父)は少年の頃誘拐され、
祖父(ゲティ)が身代金の支払いを拒否したため、
片耳を切り落とされ、その後ドラッグ中毒になった、という、アメリカのいわゆる
トンデモダイナスティを地で行きました。そのコレクションたるや、
メトやボストン、フィラデルフィアとまではいきませんが、質的には
デトロイト美術館くらいのレベルではないでしょうか。
デトロイトのコレクションの多くがフォード・ファミリーからの寄贈であるのに対し、
ゲティは寄贈ではなく、LAの一等地に自分の美術館と財団を築きました。

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太平洋を一望。
絶景です。

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カフェなどもあり、一日楽しめます。

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セザンヌ。

IMG_1542.jpg

有名どころでは、ゴッホのアイリス。
これは、以前フィラデルフィア美術館でヨーロッパにおける「ジャポニズム」についての展覧会で見ました。
ゴッホのトンデモ浮世絵とか、置いてたっけ。
アイリスはゲティが所蔵してたんですね~。

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印象派も結構ですが、私としてはやはり東洋磁器が気になります。

すると相方、すかさず「ここにはいろいろと古伊万里やら景徳鎮があるんだよ」と言います。
Mounted Oriental Porcelain in JP Getty Museum という本を、相方はすでに
熟読していました。

本棚にあった本を思い出しつつ、「あれ?ゲティのコレクションだったの?」と
間の抜けた質問をする私。( ノД`)
すんません。ちゃんと表紙見てなかったぜ。

さて、東洋磁器コレクションは、美術館の中のいわゆるヨーロッパの広間を再現した空間を中心に
装飾品として置いてあります。

ホラ、ありましたよ。
1680年頃から1700年くらいに作られた有名な染付の大蓋物です。

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同じものは、メトロポリタン美術館及び、イギリスの有名美術館にも所蔵してあります。

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以前紹介した染付楼閣山水文ケンディとおそらく同じ窯で作られたものではないかと思われます。
この時代の輸出染付でも高級磁器にあたるものです。

さすが、ゲティ!

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こちらは典型的な輸出伊万里。
装飾の感じからいって、ヨーロッパの王侯貴族所蔵のものだったようです。

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こちらは、対面で二つのショーケースが並んでいます。
一つは東洋磁器、と言っても、中国と日本の磁器のコレクション。
向かいは、ヨーロッパの磁器のコレクションです。

メインは景徳鎮。そして、両脇の白磁は徳化窯。一般にBlanc De Chine と呼ばれます。
和訳が「高麗白磁」となっていますが、徳化は中国福建省の窯であり、朝鮮とは
まったく関係ありません。なんで、こんな和訳なのかな?
ご存知の方、教えてください。

手前の青磁の栄螺(法螺貝か?)は元禄の頃の有田製。
素晴らしいですね。

東洋磁器の東の雄は景徳鎮、西の雄は有田、といったところでしょうか。
余談ながら、日本で磁器の祖とされる朝鮮の磁器は欧米の美術館では
ほとんど見かけません。
ご存じの方も多いでしょうが、李氏朝鮮の頃の磁器は実は19世紀に作られたものですら
初期伊万里に毛の生えたレベルなんです。
昨今、米国の有名な美術館に韓国企業がお金をばら撒き、
あちこちで韓国文化の展覧会をしていますが、このような場所でみかける
王族の特別イベントの時の使われたという龍の染付の磁器(大型の花瓶)などを見ると
正直、「・・・・」といった感じです。
当然、これらが景徳鎮と並ぶことはありません。

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さて、向かいのショーケースは、ヨーロッパの名窯のものが並びます。
マイセン、セーブルなどなど。
美の競演ですね。

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ここにも古伊万里。

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こちらの青磁は中国の景徳鎮。
景徳鎮は誰が何と言おうと磁器の皇帝です。
景徳鎮以上の窯は世界中探してもありません。
有田の美を理解すればこそ、景徳鎮のすごさを認めざるを得ません。

悔しいけど、しょうがありませんね。

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360度展望室です。

古伊万里、もういっちょう。

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ギリシャ、大理石の彫刻。
ゲティの財力、あっぱれです。

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18世紀以降のヨーロッパ王侯貴族の部屋を再現した部屋。
中国と日本の磁器は、ヨーロッパの貴族にとっては
抜きんでた経済力と社会地位の証でもありました。

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強王アウグストゥスは、景徳鎮や古伊万里を自分の所有する
戦士や奴隷などと交換したそうですよ。
こんな話聞いたら、ポーランド人の友達嫌がるだろうなぁ(笑)

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鏡の前に象の置物がありますね。

日本だと柿右衛門の象が有名ですね。
BBCの記事によると、徳川吉宗の頃に日本に持ち込まれた象は
長崎の出島からシュガーロードを通り、江戸まで東海道を上ったそうです。
京都では、天皇に象を見せるためにわざわざ象に官位まで与えたという話もあります。

当時めずらしかった象の置物は、もちろん景徳鎮でも作られました。

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今回訪れたゲティ、なかなか見ごたえがありました。
この美術館、この内容でなんと入場料は無料なんです。

JPゲティは忌まわしい話も多い人ですが、この美術館は私立としては
圧巻です。

名画を買い求め、美術館まで開いたゲティでしたが、本人が存命中は一度も
美術館には足をはこばなかったそうです。
ま、典型的な成金趣味といってしまえばそれまでですが、誰も信じきれなかった孤独な
大富豪が自身の名を残すために財産の使い道を選んだのがこの美術館設立だったのかも
しれませんね。

でも、私的には同じ成金趣味なら、唐津の高取家のほうがよっぽど好感が持てます。
財を成した後、文化的素養を得る努力をしたことはやっぱり立派だと思うからです。

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それはともかく、もしLAに行かれる方、時間があればLACMAではなく
ぜひゲティに行ってほしいと思います。
こちらのほうが断然おすすめです。
一日じっくり遊びましょう!o(^▽^)o

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Category: 旅行記

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有田と平戸のコラボ ~卵殻手・色絵花鳥文碗皿・蔵春亭三保~ 

出尽くした感のある卵殻手ですが、このあたりで
ちょっと珍しいものを紹介しましょう。

有田で絵付けされ、幕末から明治にかけて海外へ輸出された
久富家の蔵春亭・三保の卵殻手碗皿です。

zoshun 1

以前にも書きましたが、幕末、明治初期には有田でも薄手のコーヒー碗が
造られるようになりましたが、残念ながら卵殻手と言えるほど
薄いものではなかったようです。

こちらは卵殻手。
平戸・三川内で焼かれ、有田で絵付けされたものです。
いわば、平戸・有田夢のコラボと言ったところでしょうか。

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ご覧の通り、柴田コレクションでもおなじみ、いわゆる幕末から
明治初期にかけての図柄、窓絵に金羊歯模様です。

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有田と平戸は、江戸時代においては数あるやきものの窯を持つ藩から
選ばれたいわゆる御用窯でしたので、どちらもプライドは相当高かったと思われます。
有田は主に絵付け、特に色絵を得意とし極めたのに対し、平戸は上品な染付の図柄と優れた造形の
細工物を得意としました。

通常であれば、有田と平戸のコラボというのは両者のプライドの許すところでは
なかったのかもしれませんが、幕末の政治的、経済的に特殊な状況が
これを実現することとなりました。

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蔵春亭の輸出ものの多くは、国内市場と比べると
質が高いものが多いのですが、特に平戸とのコラボは
色絵であれ染付であれ、ワンランク上の出来のものが多いようです。

zoshun 5

ご覧ください。
素晴らしい絵付けです。

骨董屋に言わせると、「平戸は色が悪い」そうで、まぁこのあたりは
好みの問題がないとは言えませんが、一般的には有田の絵付けは
やはり完成度が高く、色彩も華やかです。その分、造形はイマイチですね。
陶質の問題だと推察します。

一方、平戸は造形が確かなミニマリストですが
色絵のものは有田の華やかさには負けると思います。

しかしまぁ、お互いに傾向は異なれど完成度は高いわけです。

この二つのイイとこどりをしたのが、蔵春亭の輸出ものであると
思います。

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一粒で二度おいしすぎます・・・o(^▽^)o

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窓絵の花鳥も素晴らしい発色ですね。
赤色の背景に映えます。

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手抜きなしで、かなり完成度の高い絵付けです。

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1840-1860年頃のものです。幕末ですね。

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さて、夢のコラボと言いましたが、よく考えてみると
有田と三川内が今日隣町であるとはいえ、
当時は、鍋島と平戸という別々の藩に所属していました。

この有田の輸出磁器産業で実現した「平戸の作品に有田で色をつける」という
離れ業は、その後輸出磁器業が有田の久富家から田代家へ移った時に
そのモノポリをめぐり大問題となります。

これが後に香蘭社を起こす深川家の台頭のきっかけになるわけですが、
ともあれ、国際市場で中国磁器と戦うには
有田のみでなく、平戸の助けが必要だったというのは
非常に興味深いところですね。

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この卵殻手に象徴されるように、明治時代、有田焼は欧米の万国博覧会で
数々の賞を受賞し、大いに繁栄するわけですが、その代表である香蘭社や
宮川香山の作品が、平戸焼の影響や助力なしにはあり得なかったのは
海外でそれらの作品を目の当たりにする者には明白です。

zoshun 12

中国の景徳鎮と欧米市場で競った肥前磁器。
有田と平戸がもたらした技術は
明治時代の殖産興業の一端を担うことになります。

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蔵春亭・三保の卵殻手、やっぱり良いですね( ^ω^ )

次回は、そろそろ大物を出すかなぁ・・・?


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Category: 平戸焼

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これが湖東焼! (染付・色絵 鳥形名花十友紋皿) 

先日のこと、相方がとあるオークションハウスのラインアップを
見ながら、突然こんなことを言いました。

「これ、変な皿だよなぁ。パッと見は唐物なのによく見ると美濃にも
見えるよ。裏の銘なんて書いてあるの??」

「???」

おおお・・・デジャヴです。
前にもそんなこと言ってなかったっけ?

そーだ!以前五人唐子の亀山焼の皿を見たときに、似たようなことを言ってたっけ。

「唐物のようで唐物でなく、有田のようで有田でない」

そうです。19世紀前半、突如現れ、江戸時代が終わるとほぼ同時に忽然と消えた
あの長崎の名陶、亀山焼です。

どれどれ・・・と裏銘をみると、なんと!あの湖東焼ではありませんか。

「これは湖東焼だよ」と教えると、
「コトー?なにそれ?瀬戸?なら、いらない。」と言います。

「いやいや、ホラ、幕末の桜田門外の変で暗殺された大老がいたよね?
あの大老が保護した藩窯のものだよ。」と説明すると、突如興味を示しました。

長崎奉行がテコ入れし、長崎文化の粋を極めて造られた亀山焼同様、
彦根藩の湖東焼もまた、時の大老であり文化人でもあった井伊直弼の栄華を
反映するかのような質の高い磁器を造りました。

基本、肥前磁器以外は全く興味のない私たちですが、
湖東焼の歴史性と亀山焼との類似性に惹かれ、購入することに。

まぁ、平戸とか柿右衛門に比べると
そう高い買い物でもなかったんですけどね・・・
きっと海外では知られていないからでしょう。
儲けもんでした(* ´ ▽ ` *)

いらっしゃいませ。
染付・色絵 鳥形名花十友紋皿 
江戸後期。

koto 1

湖東焼については、門外漢なので詳しくはありません。
悪しからず。

実は、このブログを始める前は湖東焼の存在すら知らなかったのですが
以前コメントをくださっていた方のブログに時々その名が出てきて
いたので、「琵琶湖のあたりに磁器があったらしい」くらいには知っていました。
なんでも、長崎の亀山同様1820年頃商人によって開窯し、その後は
文化レベルの高い彦根藩の支援を受けて、文人好みの磁器を造ったのだそうです。
井伊直弼の頃に黄金期を迎えますが、大老暗殺後はその後ろ盾を失い
明治の頃には消滅したようです。

亀山焼の歴史と、開窯の時期といい、文化背景といい
政治的な背景といい、なんだか似ていますね。

その後某有名骨董ブロガーさんなどのブログを見ると
面白いことに、染付湖東焼の中にどことなく亀山焼を思わせるものが
あることに気づきました。

キーポイントは、日本磁器と文人趣味の融合にあると言えるでしょう。
亀山焼は長崎における中国趣味を反映したものでした。
しかし、もともと茶の文化は中国の禅文化に由来しますので、
中国文化と茶道文化(特に煎茶文化)とは重なる部分があります。

ちなみに、長崎の中国文化のもとは福建省から
やってきた黄檗宗。隠元隆琦を最初に迎えたのは
宇治の萬福寺ではなく、長崎の興福寺なんです。
江戸時代の長崎には唐人町があり、今日も中国文化の影響を
色濃く残します。

長崎南画をやきものの絵付けに反映させた長崎の亀山と、
彦根の茶人井伊直弼の支援した湖東焼は
中国由来の茶文化(煎茶)を通して、ちゃんとつながりますね。

koto 2

この皿、どこが文人趣味なのでしょう。
実はこの図柄、名花十友といって、宋の時代
曾端伯が十の名花を十種類の友人に例えたもので、
南画のテーマとしてもよく見かけますので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

koto 3

その十種類の友人とは・・・
ざっと述べると、こんな感じです。

茶蘼(韻友)  
茉莉(雅友)  
瑞香(殊友)  
荷花(浮友)
巌桂(仙友)  
海棠(名友)  
菊花(佳友)  
芍薬(艶友)
梅花(清友)  
梔子(禅友)

さすが中国の文化・・・・ふっ深い!

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中国の宋の文化は、日本文化とゆかりがあります。
それもそのはず、鎌倉時代に禅宗が日本に広まったわけですが
この時に中国の禅文化も、仏教の教えのみならず入ってきます。
茶の風習、絵画などは鎌倉時代に日本文化に大いに取り入れられます。

先日、中国の嵩山少林寺のお坊さんを家に招いて
ピザでおもてなし(?)したんですが、その時お師匠さん曰く、
「日本の水墨画は中国の宋時代のものを良く継承していますね」。

お?何気に上から目線ですが?Σ(´Д`*)
いやいやいいんですよ。

まぁ、このように宋の文化というのは日本における
禅文化に大いに影響しているわけです。

話をもどしますと、名花十友が茶道具や
南画のテーマとして扱われるのは、このような理由からです。

koto 5

さて、この皿ですが名品にはちがいありません。
どうも、絵付けが酷似していることから、
こちらとの姉妹品であると思われます。

スクロールダウンして、湖東焼の茶道具を見てください。
湖東焼「染付名花十友図水注」として載っています。

koto 6

大津にある水注は染付ですので、こちらの染付皿と一緒に
使うのでしょうか。

湖東焼というのは、有田系のもの、九谷系のもの、古九谷系のものなど
いろんな高級磁器を模して造られたようですが、こういった染付に部分的に色をつけているのは
珍しいのではないかと思います。

亀山も同様で、たま~に染付にちょっとだけ色をつけたものがあるようで
このような作品は珍品中の珍品と言われています。

本当に亀山に似ていますね。

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裏。
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お約束の湖東の銘が。

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湖東焼の中でもかなり良いものではないでしょうか。
裏までなかなか凝っています。

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なかなかシャープに仕上がっています。
陶石はなにをつかっていたんでしょう。
気になります。

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部分色絵の皿です。
並べてみました。

こうやってみると、呉須の発色が濃いですね。

koto 12

こちらは染付。

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先のリンクにもある通り、昨年10月から年末まで滋賀県で開催された
「珠玉の湖東焼」に出ている水注とペアの皿は、こちらです。
煎茶道具なので、菓子皿ではないかと思います。

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良い絵付けですが、上記の色絵のものと比べると
やや質が劣るように思えます。

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それにしても、染付皿のこの呉須の発色。
幕末頃の深川栄左衛門の皿を思わせます。

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このような高級磁器の呉須の発色の類似性、面白いですね。

こういった深く鮮やかな色は、有田の輸出用高級磁器、亀山焼などに
大いに使われているわけです。
似た発色の呉須が、この高級磁器に見られるのは
非常に興味深いですね。

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裏。(染付)

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発色が濃いのは、温度のせいでしょう。

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どんな干菓子でもあいそうです。

ここは緑茶でなく、本場の福建省、あるいは台湾高山のウーロン茶でも入れたいところです。
先日、少林寺のお坊さんに頂いたお茶でも入れますかね(^∇^)

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名窯・湖東焼に使われた呉須、しかと観察しました。
1800年から始まった深く鮮やかな「呉須の秘密」、
どこからやってきたのかついにヒントを掴みつつあります。
でも・・・まだ秘密です。

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Category: 湖東焼

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