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肥前陶磁器あれこれ~

オールド香蘭社、オールド深川、古伊万里、平戸焼などを集めています。

 

長崎螺鈿と蔵春亭三保 ~Sweetmeat Dishes~ 

今日は非常に珍しい長崎螺鈿と幕末・有田の蔵春亭三保製オードブルのセットを
紹介しましょう。

非常に長崎らしい、でも今日なかなかお目にかかれない逸品です。

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長崎螺鈿は、江戸時代長崎で造られた漆器のことです。
欧米では、磁器と言えばチャイナ、漆器といえばジャパンと
呼ばれると言いますが、アメリカで漆器をジャパンというのは
あまり聞いたことがありません。

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漆器は日本だけでなく中国にももちろんありますが、
所謂金をあしらった蒔絵はやはり日本を代表する美術工芸品と言えるでしょう。
余談ですが、先日ゲティ美術館に行った時、マリーアントワネットが愛した日本漆器という
小さい展示会をやっていました。ヴェルサイユのマリーアントワネットの部屋にあった
コレクションを集めたものですが、素晴らしい内容でした。

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同じ漆器細工でも長崎螺鈿は中国の文化に影響をうけたものです。
螺鈿とは、貝殻や琥珀、べっ甲などを漆器に合わせ装飾したものですが
もとは中国のもので、この長崎螺鈿も歴史を紐解けば
17世紀ごろ、中国(明)の職人に日本人が教わったのがはじまりだそうです。

このあたりの漆器細工の好みの違いも、京都などの文化と一線を画し
大陸の影響を大いに受けた長崎ならではだと言えるでしょう。

19世紀には、長崎螺鈿は中国のものを好む西洋人向けに作られ
ヨーロッパへ多く輸出されました。

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この螺鈿の図柄も日本というよりむしろ中国的ですね。
このようにどことなく大陸的ながら日本製のハイブリッドな図柄は
当時の長崎文化の様相を反映していると思います。

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長崎文化は日本・中国・オランダを混ぜ合わせた和華蘭(わからん)文化などと
言われます。
長崎派の南画なども、長崎在住の画家または京都などから長崎にやってきて遊んだ画家たちが
中国人や黄檗宗の僧から影響を受けたものです。当時の長崎ではこのようなハイブリッドな文化が
新進そして独自の画風として大いにもてはやされました。

このような文化のトレンドは当然、長崎南画の分野だけでなく螺鈿の図柄などにも影響しました。
長崎南画の大家とも言える崎陽三筆が活躍した幕末の長崎で、このような図柄の螺鈿が
輸出有田磁器と共に海外へ輸出されたのは至極当然のことでした。

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蒔絵と違い、色とりどり華やかです。

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長崎螺鈿が幕末に多く造られたにも拘わらず
今日美術館以外でほどんどお目にかかれないのには
いくつか理由があります。

最大の問題は、長崎螺鈿が有田磁器同様この時期外貨を稼ぐ目的として
輸出されたことにあります。
つまり、長崎螺鈿はそのほとんどがイギリスまたはオランダにむけ
輸出されたので、長崎の旧家などを除いてほとんど国内のみでなく海外にも
残っていないわけです。
漆器は非常に傷みやすいので、欧米人には手入れをするのは
無理だったのでしょうね。

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梅の花に雉か?

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蓋の上下も、ちゃんと図柄が合わせてあります。
保管状況が良ければ、かなりの良品だったことでしょう。

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さて、お楽しみはこれからだ(笑)。
中を開けてみると、蔵春亭三保によるオードブル皿が組み合わせて
入っています。

器の図柄が幕末時のものであることは明白ですが
興味深いのはこの丸盆に入ったオードブル皿そのもの。

実はこのオードブル皿は、西洋ではSweetmeat dishといいます。
ミートといっても肉が入っていたのではなく、いろんなデザートを飾る
飾り皿だったわけです。
中国(清)からの輸出品は、ヨーロッパで大いにもてはやされました。

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驚くなかれ。和華蘭文化の栄えた長崎でも、この手の器は
卓袱料理を彩るのに使われます。

このオードブル皿は、主に関西から西で見かけるものだそうで
東京のあたりやそれ以東ではあまり知られていないそうです。

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器の裏には、蔵春亭三保の銘が。

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遠目にはわかりませんが、実はこの中心の皿がイギリスから送られた時
包装不備のため割れてしまいました。

オイ!イギリス人!包装代けちるのいいかげんにしろっ!と
憤死寸前の相方。

こういうことがあるのは、今回が初めてではないんですよね。
前回相方が購入した古伊万里の八角皿(しかも透かし彫りが入っている!)は
ボコボコの段ボールにくるまれて送られてきました。もちろん皿は割れていました。
相方怒り狂うの巻。
そりゃそーだ。この皿、ヨーロッパの文献の8割に
必ず掲載されている有名なものだったんですよねぇ・・・・゚・(つД`)・゚・

ここだけの話、イギリス人包装代けちるんだよねぇ。
むかつくぜっ!o(o・`з・´o)ノ

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とはいえ、覆水盆に返らず。

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こぼれたミルクを嘆いても無駄だ!
(和訳ってどうしてあんなに変なのでしょう?(´∀`σ)σ

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まぁ、存在数が圧倒的に少ない長崎螺鈿が手に入っただけでも
喜ぶべきなのかもしれませんね。


(おまけ)

三川内に井浦新さんが来たそうです。
長崎出身の映画監督の自伝的映画に出演するとのことです。
この映画監督といい、高田社長の長崎Vファーレンスタジアム計画といい、
長崎出身者は郷土愛が強いんですよね~。

それを記念したわけではないのですが、
長崎が日本に、いや世界に誇る三川内焼のスタバカップを
買っちゃいました。

starbucks 1

この珈琲碗、珍しい形ですね。
実は江戸時代幕末から明治にかけて平戸藩がオランダ経由で
輸出した兜型珈琲碗は、ヨーロッパで大ヒットしました。
くわしくはここでどうぞ。


この碗は、その兜型に取っ手をつけたものです。
平戸焼の歴史と三川内焼の今とがうまく出会った素敵なカップです。
制作したのは、三川内焼の窯元でも有数の名窯である嘉泉窯さんです。

starbucks 2

三川内焼は他の器と比べて値段がやや高いですが、比較してみると品質はやはり抜きんでていると
言わざるを得ません。
波佐見焼が昨今は人気ですが、三川内焼の場合たとえデザインがモダンでも
そこはかとなく気品が漂うのは、やはりその高品質のせいでしょう。

このカップ、愛用中です。
おいしいコーヒーを淹れたら、やはりカップも良いものでなくてはね。

もうすぐゴールデンウィークですね。
波佐見、有田、大川内そして三川内ともに陶器市で
大いに盛り上がってほしいですね。

あ~!陶器市いきたいのぅ~!!!( ノД`)

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Category: 古伊万里

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里帰り旅行記 ~島原の乱編~ 

2017年末の里帰りの際に旅行した記録です。
骨董の話ではありませんので、悪しからず。

九州旅行の行先もそろそろネタが尽きてきたので、今回は
歴史テーマを中心とした旅程をたててみました。

テーマはズバリ、「島原の乱」!
島原の乱の史跡を巡るのには実はちゃんとした理由があるのですが
それはこの際置いといて、さぁ、行ってきました。冬の島原!

前回は真夏に行って、熱中症にかかる寸前だったので、今回はリベンジです。

まずは、長崎から島原市へ。
いろいろとルートを考えましたが、今回は一日目島原からフェリーに乗って
天草方面へ行く予定だったので、小浜や雲仙には寄り道せず、いきなり島原市に直行!
温泉卵も六兵衛もなし!(っω・`。)

お約束の島原城へ。

Christian His

ここは、島原藩の松倉重政が過酷な取り立てをして築城し、
島原の乱の主因を造ったと言われます。

島原というのは、所謂東シナ海交易におい非常に重要な役割を果たした土地柄なんです。
もとは、福建省などの中国人の商人が五島や平戸などと共に立ち寄った港町として
栄え、16世紀にはポルトガル人が交易やキリスト教布教のため多く訪れました。
先代の有馬家が関ケ原後改易されてからは、鍋島藩がしばらくここを収めた後、
大和五条の松倉家が招聘され、収めることとなりました。
その際、もともと有馬が居城した南島原の日野江城や新たに築城した原城には住まず、
新たに身の丈に合わない立派な城を築城したのが、この島原城です。

城内は、主に島原の乱や隠れキリシタン弾圧についての資料が展示されています。
マリア観音像。
マリア観音のほとんどは実は少数の平戸製を除いては、中国・福建省の
徳化窯の作品なんですよ。 いろいろあります。

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さて、私にとって初耳だったのは、島原には眉山焼というやきものがあったのだそうです。
島原藩の御庭焼だったそうですが、展示を見てビックリ!

平戸焼でしょ?これ。

CH 4

これも、可能性としては鍋島、平戸、武雄・・・

この亀甲の透かし彫りは、平戸焼だけでなく鍋島や亀山焼でも見かけます。
これだけの高級磁器ですので、嬉野・武雄の線もあるかもしれませんが・・・

島原でこれだけのものを作っていたのでしょうか。
眉山焼については、まったく知りませんでした。(。-_-。)

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このあたりは平戸焼でしょう。
手前の花瓶(菊貼り付け)は絶対に平戸焼ですね。

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菅焼花瓶。
眉山焼の前身となった焼き物だそうです。


CH7.jpg

釈然としませんが、気を取り直して北村西望彫刻庭園へ。
島原が生んだ偉大なる彫刻家です。長崎の平和像で有名です。

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平和像は個人的にはイマイチですが、北村西望の作品はやっぱり良いですね。
ロダンでも西望でも、素晴らしい彫刻家の作品は、なにか迫ってくるような感覚を覚えます。
存在感だけで、すでに芸術なんですね~。
モダンアートにも見習ってほしいもんです・・・

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今回のテーマ、天草四郎像。
あれ?かっこよくないよ?

この日はとにかく寒かったので、早速お昼に。
島原名物姫松屋の具雑煮。

これも島原の乱で食べ始めたのがきっかけだとか。
なんでも島原の乱とこじつけてる・・?

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島原の具雑煮は有名ですが、次回はここはもう来ないと思います。
味もサービスもちょっと・・・という感じで、人には勧められないかな。

次回、島原では新名物のとりのからあげを食べることにしましょう。

ブツブツいいながら、南島原市へ出発。

南島原へ向かう海岸線を下ると、原城址が見えてきます。
空模様も手伝って、なんとなく神秘的なかんじです。
キリシタンにまつわる場所は、西彼半島でも島原でも平戸でもおおむね
こんな感じです。
デウスを信じたくなるような風景ですね。

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ここももうすぐ世界遺産に加わる予定だとか。
1992年から2008年頃まで、ここ原城では発掘調査が行われたそうで
おびただしい数の人骨はもちろん、黄金の十字架等も発見されたのだそうです。
くわしくは、五野井隆史氏の「島原の乱とキリシタン」をご覧ください。
おすすめです。

CH13.jpg

島原の乱についてはいろいろと興味深いことを学びました。
最初反乱軍は天草の富岡城を攻めたそうです。
地図をみないとわかりにくいかもしれませんが、富岡城は天草の西端にあり
長崎の茂木とは目と鼻の先です。
富岡城を乗っ取り、長崎を攻めることができていれば
幕府も大わらわだったことでしょうが、当時ポルトガルがキリシタン反乱軍を
果たして援護できたかは史家の間でも意見が分かれるところです。
この富岡城が落ちていれば、歴史は多少変わっていたのかもしれませんが
結局富岡城は落城せず反乱軍は島原へと戻りました。

この後原城を攻めたのは鍋島藩、陣中期も奪取しました。
総大将・天草四郎は首を取られて、長崎出島(当時はポルトガル人用ゲットー)の
門に晒されたと言いますので、幕府としてはやはりポルトガルがキリシタンを煽ったと見ていた
のでしょうか?

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原城址はあまり整備されていないのですが、そこが良いです。
雰囲気がありおすすめです。

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原城から20分ほど車で下向すると、島原半島の最南端口之津へ着きます。
ここは有馬藩だったころ、かのザビエルの弟子トルレス、大分で育児院を作った
アルメイダが滞在した場所で、もとは日本におけるイエズス会の本拠地だったんです。
今はむかし、ポルトガルからの貿易船や教会でにぎわった面影はありませんが、
歴史を勉強してから行くと、なかなか味わい深いものがあります。
今回の旅で一番心に残ったのは、なぜかこのフェリー待ちの風景です。

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この日はフェリーで天草に渡り、天草のめぼしい資料館を見てまわりました。
島原の乱の時天草四郎の陣が作ったという旗は残念ながら展示されていませんでした。
野暮なことを言うようですけど、今回の旅行で気になったことの一つに
地方の資料館、レプリカの展示が多すぎです。
島原城もそうです。モンタヌスの雲仙のレプリカとかが展示していたんですが
資料館にせよ、博物館にせよお金を取る以上はできるだけ本物を見せてほしいです。

「どこも経営難ですよ!」という声が聞こえてきそうですが
天草の資料館まで足を運ぶ人はやっぱり陣中旗を見たいと思うんですよね。
ないものは見せられませんが、せっかくあるんだったら常時展示してほしいです。
そして旅行者も、本物の展示を見るために地方をどんどん旅してほしいですね。

さて、やっとこさ本日宿泊する宿、ホテル竜宮に着きました。

部屋に着いたとたん、景色をみて「おおおおおーーー!!」

ご覧ください、この景色!!!
素晴らしすぎます。

部屋から、天草五橋の5つ目の橋が見えます。
(この写真ではみえませんが・・・)
そして目の前には、天草松島が!

本当に素敵です。
この宿にしてよかったー!

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パノラマです。

サービスも、田舎の(失礼!)宿とは思えぬほど社員教育が行き届いています。

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ディナーも良かったんですが、なんといっても家族みんなが喜んだのは
朝のバイキング。
天草松島を目の前に、おいしいタイ茶漬けを朝っぱらから二杯もかっ食らっていたのは
うちの相方です。ハイ。(。-_-。) そんなにうまかった?

CH20.jpg

なんだかんだ言って、天草が本当に気に入りました。
また是非行ってみたいです。
いや、絶対行きます!
朝の天草、素晴らしい~!

_DSC1483.jpg

この後は熊本城へ。

熊本城は残念ながら地震の被害のため堀の外から眺めるのみ。
私は熊本城は日本一美しい城だと思っていたので、この姿は
本当に残念です。

CH22.jpg

一日も早い復興を祈ります。

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熊本城が見れないので、せめてお土産屋さんにて熊本観光業をサポート。

これは天草のウニコロッケ。
結構いけます。

CH23.jpg

この後、南阿蘇の高森に宿泊。
ここも地震の爪痕が痛々しいです。
移動に苦労しました。

宿では、阿蘇の特産赤牛や地鶏のBBQ.
ビールが合います。

CH24.jpg

大観峰。
この後、阿蘇高森から大変な目に合いながら、なんと九重・湯布院に向かいました。

やめときゃよかった・・・
ここ2-3年ほど、湯布院は中国人・韓国人観光客でいっぱいでして
以前のようなハイエンド・リゾートの雰囲気はもうありません。
こっとう「和」もご主人が亡くなり、キャラバンのマスターは
観光客の接待で忙しく・・・・

湯布院も変わってしまいました。(つД`)ノ

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尻すぼみの旅行になってしまいましたが、
収穫も一応ありましたので、そう文句も言えませんね。

それにしても、天草また是非行きたいなぁ。

CH25.jpg

最後は・・・・もちろん山田SAの鶏天ランチです。
山田も、集中豪雨の被害から立ち直りつつあるのでしょうか。
ここも復興頑張ってほしいです。

次回は、最近やっと手に入った長崎螺鈿+有田・蔵春亭を紹介します。

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Category: 旅行記

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スタディ・ピース? (幕末・漆装飾花鳥文花瓶) 

骨董を集め始めた時は、幕末・明治のものに夢中だったのに
数年集めてみると、新しいものよりは古いものが欲しくなるのは
人情というものかもしれません。

私の場合、読む文献などほとんどが欧米のものなので
収集の方向も自然、あちらの人の好みになってきます。
柿右衛門とか平戸焼とか、いわゆるヨーロッパ人が好んだものに
つい目が言ってしまいます。

最近では、収集するにあたってはシンプルなルールに従うことにします。
それは当然、「好きなものだけ買う」ということなんですが、
相方のほうはどうもそう奇麗に割り切れないようで、珍品、迷品のようなものも
「これはスタディ・ピースだから!」とか言って買いたがります。困ったもんです。

結果、我が家にはちょっと?な柿右衛門様式風の皿だとか
怪しげな福禄寿の置物だとかあるわけです。

でも、まぁ勉強しないことにはお宝を探すことはできないしね・・・と説得する相方。
その彼が、またヘンなものを見つけてきました。

それがこちら。

lacquer 1

これなんだと思います?
これは実は幕末ごろ造られた、漆装飾を施した有田の磁器製の花瓶なんです。

lacquer 2

古伊万里収集家でもよっぽど詳しくないとご存じないかもしれませんが、
このような漆装飾の磁器は実は幕末ごろから明治にかけて造られ、
美術館に展示してあったり、図録などにも掲載されています。

有名なものでは、香蘭社が作った染付金高蒔絵御所車図大花瓶などでしょうか。
先日里帰りの際寄った有田ポーセリンパークにもこの手のものが
飾ってありました。

lacquer 3

幕末から明治にかけての有田は、それこそ異質素材と磁器とを組み合わせ、
いろいろと面白いものを作っています。
漆装飾、と聞くと古伊万里ファンは18世紀のドレスデンコレクションなどを
思い浮かべるかもしれませんね。
でも幕末・明治の有田も漆装飾だの、七宝だのと異なる素材を組み合わせた
作品を作っていたんですね~。こういった試験的なものは海外の市場でよく見かけます。

lacquer 4

さて、こんな変なものを安価で買って眺めまわすのは
なかなか楽しいわけですが、如何せん予備知識がなかったのには
こまったものです。

私は骨董を買った際、きれいに洗わないと気が済まないたちで、
先日も柿右衛門の人形をブンブン振り回して洗ったりしていたんですが
(袖の部分から古い籾殻が出てきた!)、この時も「ちょっときれいにしてやるか」と
よく考えもせずに洗いました。

すると、後方から「ギャー!」という雄たけびが・・・

相方があわててやってきて、「これはLacquerだろう!!洗ったらだめだよ!」
というではありませんか・・・
「あっ!」と思ったのも後のまつり。
ゴシゴシやったので、こんなんなってしまいました・・・

ムッとする相方。

。゚(゚´Д`゚)゚。 シマッタ・・・すんまそん。

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「まぁ、でも次回ドレスデンコレクションの漆装飾が手に入ったら(←?)
洗わないでちゃんと手入れするから、何事も学習だよね」というと
相方は微妙に嫌な顔。

|д゚)チラッ
怒ってる?

lacquer 6

私にとっては、苦い思い出の花瓶ですが
これを読まれた皆様、くれぐれも漆装飾のものは
洗わないよーに!

ちなみに某古伊万里ブロガーさんにも同じ失敗談が!
こちらです。
(^∇^)ノ

やっぱり収集家にはスタディ・ピースは必要ですよね。
何事も勉強と経験(?)です。


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Category: 古伊万里

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Fantastic Voyage (古平戸・色絵唐子豆人形) 

今日は、昨年手に入れた秘蔵っ子・古平戸細工物の唐子人形を
紹介しましょう。

数ある古平戸細工物の中でも最小を誇る、極め付き!豆人形です。

色絵・唐子豆人形二体。幕末

ちいさっ!!

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かわいい豆人形ですが、かわいいだけでは済ませられないスゴイ人形なんですよ。

古平戸というとひねりもの、つまり細工物が有名ですね。
平戸焼ファンとして言わせてもらうと、平戸細工物のすごさは
使用陶石の性質による細工の精巧さにあります。

磁器の細工物は数あれど、精巧さを極めたものは日本の磁器では
古平戸だけだと思います。
これに肉薄できるのは、しいて言えば中国の徳化でしょうか?
残念ながらさすがの徳化窯でも、複雑な細工のものは作れても、
これだけ線のシャープな細工物は作れません。
古平戸の技術は本当に素晴らしい!の一言です。

この人形、平戸焼細工物として特筆すべき点が二点あります。
まずは、このサイズでこの精巧さ!

九谷よ!有田よ!こんなん絶対作れないだろう?といわんばかりの小ささ。
まるでミクロの決死圏!

o(^▽^)o Fantastic Voyage!

それにしても、どうしてこんな小さな人形を作ろうと思ったのでしょう?
謎です。

ちなみに幅2.5センチ、高さおよそ3センチでした。
(写真はインチ定規。)
十六寸(豆)よりちょっと大きいくらいです。

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もう一点は、この豆人形には上絵がついていることです。
平戸焼で色がついているものは通常錆釉や鉄釉などです。
つまり釉薬で色をつけるのが古平戸の特徴ですが、幕末や明治初期の
輸出品に限っては上絵付をしたものも存在するわけです。
これとほぼ同時期に
造られたと思います。

この女性と子供の像も珍品中の珍品ですが、
この唐子チャンもこれまた非常に珍しいものです。

boys 3

では、それぞれ紹介していきましょう。
まずは一人目。

平戸焼・永遠のモチーフである唐子チャンです。
唐子の豆人形というのは美術館などでも見かけますが、この人形の珍しいところは
その衣装です。唐子なのに、和装なんですよね。

平戸焼の細工物でみかける通常の唐子というのは大てい中国風の衣装を着て、
読書をしたり、太鼓をたたいたりしています。
しかし、この豆人形の衣装は和装。

ところで、この和装どっかで見たなぁ、と思ったら・・・
なんと能楽師の衣装でした。

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実は、野田敏雄氏の「古平戸細工物」の本に同時期に作られたと思われる
五人囃子の豆人形が掲載されています。
大きさはこちらの唐子よりも大きく、瑠璃釉などで色をつけた竹林七賢人と似た上品なタイプのものです。
こちらの五人囃子も能楽師の和装をつけていることから考えると、
この小さい唐子チャンたち、もしかして五人囃子だったのかも??

姉さん!三人行方不明です!! (゚д゚)

boys 5

しかしまぁ、手の込んだ豆人形ですね。
服のしわ、手のしわ一つ一つまでしっかり彫られています。

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では、二体目。
謡の拍子でもとっているのでしょうか。
一体目の唐子とは微妙にヘアスタイルも異なります。
こちらは後ろの髪をお団子にしています。

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先の唐子と異なり、こちらは裃をつけているんですよねぇ。
もしかすると、ひな祭りの五人囃子ではなくて、
能楽のワキ方囃子方の豆人形なのかもしれません。

だいたい古平戸の細工物というのは、平戸藩となんらかのかかわりがあることが
多いようです。

年末日本の実家に帰った時に家でみつけた昭和の豆人形も、
そのモチーフは平戸・最教寺の子泣き相撲でした。
平戸城内にある亀岡神社には能舞台がありますので、
この豆人形も能楽師・ワキ方の人形なのかも?

姉さん!シテ方が行方不明です! Σ(´Д`*)

boys 8

ご覧ください。
足袋の皺まで丁寧に彫られているんですよ。

余談ですが、江戸時代能楽師は武士に準ずる地位が与えられたそうで、
そのため楽師は裃や足袋の着用を許されたのだそうです。
このあたり、芸能の世界にも装束の違いでちゃんと格をつけていたんですね。

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後ろ姿。
キュートです。

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残念ながら、今回手に入ったのはこの二体のみ。
たぶん生き別れの(?)人形がこの世界のどこかにあるんでしょうけど。(つД`)ノ

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江戸時代、最高の磁器細工技術を持った平戸焼の職人に
その技術を駆使した豆人形をつくらせる、という遊び心。
こんな贅沢な遊びが許された時代にのみ、
本物のハイ・カルチャーが存在したのかもしれませんね。


(おまけ)
19世紀に資本主義の時代が到来してから1世紀以上が経ちました。
フランシス・フクヤマの言う「歴史の終わり」は自由経済主義の勝利を謳いましたが、
実際のところ、本人も認める通り自由経済そのものが世界経済を破綻させつつある今日この頃。
アメリカにおいては上流階級と下層階級の二分化が始まり、
フォーディズムによって生まれた中産階級はもはや消滅しつつあります。
残念ながら、日本も同じ道をたどりつつあるようです。

そんな社会で、遊び心のある細工物なんて一般人に手に入るわけねぇ!
と思われるアナタ、それでもまだまだこんな楽しいおもちゃがあるんですよ(゚∀゚)

見つけました。
冬の長崎空港で!
これぞ、現代の細工物! 

taberen 1

粘土でつくるミニチュアの食べ物が人気なのだそうですね。
アメリカでも、この手のクレイを使ってアクセサリーを作るクラフトが人気です。

こちらは、長崎在住の方が長崎空港にて年末販売していたもの。
食べ物の粘土細工ですが、なかなか精巧にできていて、しかもキュート!

娘はメロンパン(?)のネックレスを購入。
ぶらぶら見ていた私も、思わずこちらを購入。

長崎のお菓子の詰め合わせBOX!

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開けてみると・・・・

まずは、カステラ!
taberen 3

福砂屋です。(裏にはなんと!ザラメが!)
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桃カステラ。
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よりより。(最近はソフトよりよりなるものがあります)
taberen 6

有平糖。
お茶席などのお干菓子として見かけますね。
(進化系は日本橋の栄太郎飴らしい・・なつかしいけど苦手な味ですのぅ・・)
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そしてコレ!
長崎県人以外にはわからん代物でしょう。
これは一口香(いっこうこう、と読みます)
中が空洞になっているお菓子です。
おすすめは茂木一〇の一口香。
こんなに小さいのにちゃんと中が空洞になっています。
スゴイ!
taberen 8

作ったのは、Taberen (たべれん→長崎弁で食べられない)という作家さん。
ユーモアのセンスもありますねぇ。

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柿右衛門(東インド会社→オランダ行き)の唐子と南蛮菓子(ポルトガル)。
時代が合っていません。ハハ・・・

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長崎の菓子箱を眺める有田と平戸の唐子。
かわいいですねぇ。

時代は合っていませんが、この三つに共通していることが一つ。
それは、みんな大航海を経てそれぞれの場所にたどり着いたということです。
柿右衛門は肥前からヨーロッパへ。
この古平戸は三川内からヨーロッパ(イギリス)経由でオーストラリアへ。
そして長崎のお菓子は中国福建省やポルトガルなどから
航海を経て長崎にたどり着きました。

まさに、Fantastic Voyage!

九州のやきものとお菓子は、16世紀に始まったグローバリゼーションが作りだした
ダイナミックな文化を象徴するものでもあります。



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Category: 平戸焼

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戌年ですね (大聖寺伊万里・色絵芙蓉手十二支文) 

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もマイペースでアップしていきたいと思います。

さて、今年はなんと!戌年。

・・・年末、長崎歴史文化博物館に行ったらやっぱり
平戸焼の戌年にちなんだ焼き物が展示してありました。
我が家でも早速真似したみました(笑)

今年は良いことがあるかな・・?

さて新春ということで、大聖寺伊万里だと思うのですが、
十二支の描かれた珍しい皿を紹介しましょう。

dog1.jpg

芙蓉手のそれぞれ花弁には1十二支が描かれています。
お正月用に作られた皿なのでしょうか?

zodiac 1

今年は戌年!(←くどい。だって年女ですから・・・(*´_ゝ`) 

(*`皿´*)ノ計算すんな!

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雄鶏→娘、猿→兄

zodiac 3

虎→父
zodiac 4

辰→相方、うさぎ→息子(笑)、妹→蛇

zodiac 5

母は馬・・・だっけ・・・?

zodiac 6

中国では十二支の対角にある相手との相性は
最悪なのだそうです。

我が家だと、私と相方は最悪の相性で、子供二人はこれまた相性が悪いそうです。
うう~む!

zodiac 7

大聖寺。
意図して収集しているわけではありませんが、間違って収集してしまうことが
あります。ハハハ・・・

普段使いに良い皿なので、使ってみようと思います。
金沢にいってみたいなぁ・・・・

zodiac 8

(余談)

新春早々ケチをつけるのもいかがなものかと思うのですが、
歴史文化博物館に展示してあった平戸焼の唐子が犬を抱いた酒注が
ちょっと気になりました。

「?????」

妙に新しく見えたんですよねぇ。
目の錯覚でしょうか?

あの平戸焼、だれか他に気づいた方いらっしゃったでしょうか・・?  
m9(゜д゜)っ


次回は、秘蔵っ子、平戸焼の細工物を紹介します。

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Category: その他

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